根拠のある貴方

「キャー!!若様がんばってー!!」「浦飯Tなんか殺っちゃってちょうだーい!」
「あ、でも蔵馬は殺さないでほしいー!!」「あー!浮気者!!」

死々若丸さんの出番となると、観客席から黄色い歓声が上がる。応援のフラッグまである華やかさだ。
本来アウェイであるはずの蔵馬さんにも着実にファンができているようで、魅怨さん達の事といい美しさとは種族を超える。美的感覚は妖怪と人間でそう変わらないということかもしれない。
「うるせーなうかれ女どもが、闘いの場をなんと心得てやがるんだ全く」
そういうお兄ちゃんだって雪菜さんにキャーって言われたらころっと手のひら返すんだろうなぁ。そういうところが好きなんだけど。
「おい、そこの失敗ヅラ。お前はどうだ?ただ立っているだけではヒマだろう」
「だれが失敗ヅラだコラァ!!」
「お兄ちゃんは失敗ヅラじゃないです!」
噛み付く私と兄を見て、煽ってきた死々若丸さんはきょとんと目を見開く。
「兄……?」
「オレの妹だ!文句あっか!!」
「い、妹……」
少なからずショックを受けた顔だった。一矢報いた感、ちょっとだけ気分がいい。
こちらのダイスは“自由”なので、誰かひとりを決めなければいけない。しかし3人とも自分がでる気でいるようだ。飛影さんは戦いのため、蔵馬さんは煙の秘密を聞き出すため、お兄ちゃんは売られた喧嘩を買うため。
そんななかでも冷静な蔵馬さんがジャンケンを提案する。
「ジャンケン?なんだそれは」
人間の文化に疎いらしい飛影さんに、お兄ちゃんと蔵馬さんが教えているあいだじゅう、死々若丸さんはじっと待っていた。大人しく、こっちを見ながら。
ちょっと申し訳ないので頭を下げておいた。


飛影さんと蔵馬さんは霊感ならぬ妖感があるし、お兄ちゃんはジャンケンが超強いので決着はなかなかつかなかった。しかし、最後にはさすがお兄ちゃんと言うべきか、勝利を勝ち取った。しかし死々若丸さんと行うのはジャンケン対決ではないため、私としては喜んでいられない。
「あれならいいわー!さっさと殺してー!!」
新手の野次をひと睨みして、お兄ちゃんは意気揚々とリングへ上がっていく。どこかで見ている雪菜さんにアピールしたいんだろうな、微笑ましい。でもやっぱりちょっと心配。でもお兄ちゃんと雪菜さんのことは応援したいし……複雑な気分だ。

《おっと、浦飯Tがジャンケンをしている間に死々若丸選手、すっかり戦闘準備完了です!》

羽衣を纏い、死々若丸さんは怪しく笑う。そうしていると確かに美しい。柳眉にアーモンドアイ、柔らかな輪郭。アイドルみたいな綺麗さがある。
「一瞬で決めてやろう、その顔長くみるには耐えにくい」
性格は最悪だけれど。
「おんのれ世紀の美男子をつかまえて……」
……お兄ちゃんもお兄ちゃんで一体何を言ってるんだろう。
それにどのみち、蔵馬さんのかつての姿のあとでは誰を見ようがインパクトは薄いのだ。
審判の開始の合図でお兄ちゃんは切りかかる、が死々若丸さんはひらりと躱した。そのまま、闘牛のように羽衣をはためかせる。
「な、なんじゃここはァ!!うわぁぁぁぁぁ…」
「!!」
「お兄ちゃん!」
お兄ちゃんの悲鳴が響いた。羽衣を再び死々若丸さんがまとった時、そこに兄の姿はなかった。
「桑原くんの……気が消えた」
《こ、これは場外……?カウントに入っていいのかしら?》
「無駄だな、見ての通り消してやったからな。どこへ行ったのかはオレにもわからない。行き先はこいつに聞いてくれ、闇アイテム死出の羽衣をにな………!」
男は心底嬉しそうに笑う。やっぱり悪役然とした、性格の悪そうな笑顔だ。
「残念だな、浦飯Tの補欠サン。死体は出ない。キミと戦える日は遠そうだ」
「………」
《桑原選手行方不明により、死々若丸選手の勝利でーす!》
死々若丸さんの親衛隊が黄色い悲鳴をあげる。男性の観客も沸き立って、いつものようにヤジが飛んだ。
八つ裂きを望む割れんばかりのコールのなかでも、私の耳はきちんと機能してくれた。
ちゃん」
案ずるような蔵馬さんを見上げて、私は言う。
「……生きてるよ」
だって東の方からお兄ちゃんと、女性陣の声がするからね。