閑話休題

大抵は4番目に目が覚める。蔵馬さん飛影さん幻海師範の朝ははやいからだ。続いて私が起きて、次にお兄ちゃん。最後に幽助なのが常だ。
しかし、今日は3番目に目が覚めた。しかし順位からいえば最後から二番目、幻海師範と幽助が帰ってこなかったからだ。

「おはよう、ちゃん」
(……はよ…ゴザイます…)

恐ろしいことに、寝起きのむくみ顔を蔵馬さんに見られることにも慣れてしまった。もう寝顔を見られてるんだから寝起きも仕方ない、という諦めの境地である。生きているんだから仕方ない。ていうか昨晩は酔っ払いの醜態だって見せたんだからもう全部どうでもいい。
あ、飛影さんに見られるのは最初からどうでもよかったです。

それでも、いつまでも見せつけるのは女子として無いだろうと考え、着替えをつかんでそそくさとバスルームへ引きこもる。昨夜酔いつぶれてシャワーを浴びずに寝落ちてしまったので、なんだか身体にアルコール臭が染み付いている気がする。
熱いシャワーで全身流して、きちんと身支度を整える。若さの力はすごい。昨晩の不摂生が少しも肌に出ていない。髪だけは少し痛み気味だけど。
ふと鴉にヘアケアについてダメ出しされたことを思い出してつやつやの眉間にシワが寄ったので慌てて指でほぐす。あれは彼なりの“ヘアケアがんば☆”へのエールってことにしなければ、精神衛生上悪すぎる。たしかに彼のつやつやさらさらの黒髪ロングは美しかったけれども。三つ編みした端から解けていきそうな、コシのある髪だった。
そろそろ髪を切りたいな、お姉ちゃんにお願いしようかな。
伸びてきた毛先を指でいじりいじり、部屋に戻るとちょうどお兄ちゃんが寝ぼけ眼を擦っているところだ。
ちゃん、お茶どうぞ」
「ありがと」
1番言いやすいサイズ感の謝辞を口にして、ソファに座って蔵馬さんがいれてくれたお茶をいただく。お兄ちゃんが頭をかいて、気付けに熱いお茶をぐいと煽る。そのまま、私と同じようにバスルームへと去っていった。
「朝ごはん頼みましょうか、どっちにします?」
蔵馬さんの問いに、メニューからコンチネンタルブレックファストを頼む。まだお腹に昨日の不摂生の名残が重くのしかかっているのだ。蔵馬さんを初め、メンズはみんなアメリカンである。身体が丈夫だ。お兄ちゃんを見ていると、男の子ってほんとによく食べるからびっくりする。
本当はビュッフェスタイルにも出来るんだけど、ゲストチーム故に注目を浴びてしまうのを忌避して、利用した事は一度もない。日中衆目にさらされっぱなしなので、ごはんくらいゆっくり摂りたいのだ。
お部屋ではみんな思い思いに過ごす。最初こそ運営の強行の結果今日は試合がないという事実に憤りはしたけれど、結果的に出来た束の間の休息を楽しむことにした。
飛影さんは相変わらず1人で隅に居る。蔵馬さんはソファで新聞を広げ、私はテレビをつけた。実家感がすごい。
「ふいー、。飯頼んでくれた?」
「ん、アメリカンでよかった?」
「ったりめーよ!」
違うことといえば、ご飯を作る必要が無いことか。楽だけれど、そろそろ家の味も恋しくなってきた。帰ったらお兄ちゃんに作ってもらおうかな。きちんと髪を乾かしてないので、兄はまだしっとりしている。洗われた犬みたいだ。
「そーいや、オレ途中で寝ちまったんだけど、あのあとみんなどうなったんだ?」
兄の問に、わたしと蔵馬さんははたと顔を見合わせた。
「べつに、なにも」
声を揃えてそう言った。手を繋いだこともあーんされた事も、なんとなくお兄ちゃんには黙っておくことにしたのだ。打ち合わせなしで。
私はなんとなくだけど、蔵馬さん的には明確に理由があるだろう。大事な仲間の妹と、あの一線は微妙に越えちゃだめなやつだろう。“大事な仲間”の妹とは。
お酒の力って恐ろしいものである。
…………私はお酒の力だけど、蔵馬さんってシラフじゃなかった?
涼しい顔で新聞の1面を読んでいる蔵馬をじっと見つめてしまったが、気づかれる前に目をそらした。世の中には深く考えない方がいい事柄が多い。
「幽助たち、帰ってこなかったんだな」
「そのようですね、明日の試合までには戻ってくればいいんですが」


「しかし今日1日空いちまったな」
「そうですね、どう過ごしましょうか」
朝食を終え、一同はひと心地ついた。時間はやっと9時を過ぎた頃だ。準決勝に向けての特訓はもちろんだが、そればかりで根を詰めるわけにも行かない。午前中はゆっくりと静養をとることにしたのだ。飛影さんは、相変わらず食事の後はさっさとどこかに行ってしまったけど。
「オレはもう一眠りすっかな」
ちゃんは?」
『包帯とかの補給したい』
「オレ行こうか?」
「いえ、桑原くんのほうが消耗してますから、オレが行きますよ」
「ひ、一人で大丈夫だよ!」
慌てての肉声拒否。お兄ちゃんはもちろんだけど、蔵馬さんだって相当なのだ。今日はたっぷりと休んで欲しい。
今までだって意外と個人行動してきたし、今日は試合がないので医務室に運び込まれる怪我人もいないし観客も散っている。妖怪との遭遇率はむしろ平素より低い、と思う。蛍子さん達だってほぼ人間の女の子グループなのにわりとピンピンしていた。とにかく、私は大丈夫だからゆっくり休んで欲しい。そのための医薬品補給だ。
そんなことを身振り手振り筆談口頭で伝えると、保護者蔵馬さんは納得はしていなさそうだけれどとりあえず許可をくれた。真の保護者であるお兄ちゃんが既に寝る体勢に入っていたのも大きいだろう。
ともかく自由行動ゲット、と思ったら、蔵馬さんはしばし考えた後私の右手をそっと、しかし力強く掴んだ。
(えっ)
「ちょっと待って」
そういう間に、私の手首にするすると蔓が這う。そんなはずはないと頭では理解しつつも、シマネキ草を思い出して身体がこわばった。細い蔓をのばすそれにはグリーンの小さくて丸い葉がついていて、ワイヤープランツを思い出す。ひとりでに編まれ、繊細なミサンガが出来上がる。
「なにかあればこれを引きちぎってください」
「……ど、どうなるの?」
「宿主以外を攻撃、そしてオレに伝わります」
防犯ブザー兼催涙スプレーみたいなものらしいけれど、この細くてか弱そうな植物がいったいどういう手段で攻撃をするのかわからなすぎて不安である。
というか蔵馬さん、過保護というかなんというか、付き合ったら絶対束縛激しいタイプだよなぁ。束縛(物理)とか、考えるだけで肝が冷える。
斯くして、束縛激しい系アクセサリーがひとつ増えてしまった私はようやくひとり行動を許された。


──ということはいいんだけど、このミサンガの攻撃力、如何程なんだろうなぁ。ちょっと撃退してくれる程度なのか、シマネキ草レベルの害悪プランツなのか。
私は右手のそれにそっと指を添えたまま途方に暮れる。
そもそも、これをちぎれば蔵馬さんに伝わるし、確実に彼がやってくるのだ。“この程度のトラブル”で、明日も試合を控えた彼を呼んでいいとは思えない。
“トラブル”の元凶は、そんなふうにぼんやりと違うことを考えている私を見抜いて、不機嫌そうに眉をひそめた。
「ちょっと、聞いてるのかしら」
妖怪の女の子たちは、廊下の壁を背にする私にさらに詰め寄る。
「人間風情が、生意気なのよ」
「…………」
ベタな展開に巻き込まれたな、とも思うし、実際巻き込まれるとたまったものでもない、あと蔵馬さんもここでは一応人間のくくりにいるんじゃないか?とも。しかし、火のないところに煙は立たないというのもある。私の行動にも、確実に問題があった。
「なによ、だんまり?」
「あんた、蔵馬選手にキスしたり膝枕したり、随分といい気になってんじゃん。ずーっと見てたんだからね!」
「ぶっちゃけ、なにもしてなくない?超お荷物なんだけど?」
ぐうの音も返せない。呪い的な意味じゃなくて、事実そうだと思ったからだ。今だって、蔵馬さんを呼ぶべきかどうか少しでも迷ったことがもう駄目なのだ。静養のジャマまでするわけにも行かない。
蔓からそっと手を放した。けれど、勝算が0になっただけだった。
「さっきからそれにだって、蔵馬様の妖気を感じるのよ!」
手の内から開放したミサンガに気付き、止める間もなく1人が私の腕に手を伸ばす。しかし、幸運なことにその指が蔓を引きちぎることはなかった。
というより、そもそも触れることはなかった。
「っきゃ!」
バチンと、静電気のような音がして反射的に目を瞑る。開いた時には、触れようとした女の子は少し離れたところで尻餅をついていた。他のふたりがあわてて駆け寄る。
「魅怨、大丈夫!?」
「なにしたのよ!」
「…な、なにって……」
当然、私自身が霊力で防御したわけではない。そして、蔵馬さんのミサンガの力というわけでもなかった。当事者である私にしかわからないだろう、いまのは。
(──鴉…)
口無しの呪いの副産物、術者による保護だろう。これが効いたという事は、魅怨さんの指先には妖力が込められていたのだ。危なかった、うっかりミサンガが壊れてしまうかもしれなかった。意図せず弾き飛ばしてしまったことで、私は慌てて彼女をのぞき込む。
「ご、ごめん……なさ……」
「こ……殺すっ……」
立ち上がった魅怨さんが、今度は強い殺気を込めて私を睨む。横のふたりからも、先程よりも強い敵意を感じる。
「よくもっ……わたしを……コケにしたわね……!殺してやるっ……!!」
細々とした考え事なんてせず、弾いた瞬間逃げるべきだったのだ。今更そう考えても遅い。考えること自体が遅い。名前を知らないほうの女の子が私に手を伸ばすのを、今度は慌てて避けた。術者の保護だってどれくらい効くかなんてわかったものじゃない。
3人がかりでは逃げることすら困難だ。直接触れるのが無理だと思った1人が私の右側の壁に手をつく。もう1人が左側に。
目の前にはグリーンの瞳を殺意で燃えたぎらせた魅怨さんが、腕を組んで立ちふさがる。身体を覆うように妖力が迸っている。喧嘩には向かないと知りつつも、私も霊力をかき集めた。
負け戦が始まろうとしたその時、水を差すように冷ややかな声がした。

「───そこまでにしておけ」

「!」
「あなたは…!」
妖怪娘3人組と、声がした方に仲良く顔を向ける。
魅怨さんの殺意がしゅるしゅると萎んでいくのがわかる。いざ彼に敵に回られたら勝ち目がないことも、彼が結構イイ男であることも、あの時の試合を見ていればわかることだからだ。3人組のうちの1人がその名を呼ぶ。
「凍矢様…!」
蔵馬さんを貫いた氷の男は、キャットファイト──彼にとってはまさしく児戯にも等しい子猫の戯れ合いだ──を、冷たい眼差しで制した。
「その娘に手を出せば蔵馬は黙っていないだろう。敬愛する相手にむざむざと殺されたくなければ、引くことだ」
それでも魅怨さんは物言いたげだったが、ほかの2人に連れらら去って行く。
廊下には、凍矢さんと私だけが残った。ひと目だけ私を見て、彼はさっさと背を向ける。
「蔵馬の植物の気配がしたと思ったが、お前だったか。やけに微弱だとは思っていた」
そう言って彼が去っていく方向は、医務室への道だ。私もそっと付いていく。
「……どうした?部屋に戻れ、また妙な輩に絡まれるぞ」
「…い、医務室に、用が…」
「…………そうか。オレもちょうど、行くところだ」
後ろをひっついてくること自体には文句はないらしい。スタスタと歩く彼を小走りで追いかける。
「…………あ、の……ありがと…」
「礼などいい。借りは返した」
「…………かり?」
なにかあっただろうか。得心のいかないわたしに、面倒見がいいらしい凍矢さんは説明をくれる。
「お前が命を賭して引き伸ばさなければ、あのまま決着していた。負けはしたが、後悔はしていない。卑怯な手で勝つことがなくて、よかった。」
あれは私がこちらの都合でしていたことだし、そのうえ彼らのチームが負ける間接的な原因だ。それなのに、彼は律儀に感謝をしてくれる。嬉しいことなのに、お腹の奥で重くのしかかるこの気持ちは、罪悪感だ。私がしなくてもいいでしゃばりをして、彼にしなくてもいい感謝をさせているとしか思えない。
三田村先生の時だってそうだ。この先誰かに感謝されるたび、こんな気持ちになるのだろうか。
「……どうした桑原、具合が悪いのか?」
いつの間にか歩みを止めていた私に、凍矢さんも数歩先でその足を止めて振り返る。慌てて彼に追いついた。これ以上私のことで迷惑をかけるわけにはいかない。
「……桑原、体調が悪くて医務室に行くのか?」
「っ……いい、えっ」
「しかし、喋りづらそうだ」
顰め面で心配そうにしてくれる彼に呪いのことを説明し、納得してもらうのは一苦労だった。
「なるほど、それは難儀だ」
(はい……)
「しかし、知らん呪いだ……。忍びの使うものとは毛色が違うからな。力になれなくてすまない……」
(い、いえっ!)
心から申し訳なさそうな彼にぶんぶんと手を振って応える。少しも悪くないのに謝らせてしまった。
「その代わり、読唇術なら心得ている。なにかあれば頼って欲しい」
(そ、そんな、申し訳ないです)
「オレ達はお前達浦飯Tを応援することに決めたんだ。気兼ねすることは無い。お前のことも、酎がえらく気にしていた」
(そうなんですか?)
序盤に会ったきりの、大男を思い出す。最後に見たのは医務室で横になっている様だが、さすがにもう医務室には居ないだろう。
(そういえば、凍矢さんは治療ですか?)
「……まぁ、それもあるが。蔵馬の術は恐ろしいな」
本人だって苦労するような植物だ。シマネキ草の刃が肉を貫いただけとはとても思えない。フランベルジュでダメージを受けるように、裂傷以外のダメージを受けていそうだ。そう思うと、腹いせに私をボコったりしない凍矢さんの人間性、いや妖怪性様様だ。
「正確には、蔵馬の目的遂行能力は驚異だ。忍に欲しいくらいだといえばいいのか──」
凍矢さんは、私のミサンガを眺めながら言う。なんだか気まずい気持ちが湧いてきて、私はミサンガを隠すようにそっと左手を添えた。
「──アレが歩むのは、まさしく修羅の道だろう」
どこか私を慮るような声で、修羅の忍はそう言った。


「あーー!凍矢がナンパしてるだ!」
「ち、違う!」
医務室には先客がいた。陣さんは私を見留めて、「浦飯Tのちゃんだ〜!」と笑う。
……?お前そんな名だったか?」
(桑原は家族共通の姓です。私個人の名前はなんです)
「なるほど。ではオレも、と」
そういえば、妖怪には家族姓の文化は無いようだ。そんななかで、むしろ陣さんはよく私の名前を覚えていたなぁ。
「名前は鈴駒から聞いただ」
(あー)
凍矢さんも酎さんを知っているふうな口ぶりだった。敗北したチームはチームで、繋がりができているのだろう。
「医務室までどうしただ?怪我だか?」
(いえ、医薬品を頂こうかと。包帯とか)
「浦飯T、あまり医務室で見ないと思ったらお前が治していたのか」
(蔵馬さんの薬草もありますし、心霊医療に長けたメンツが多いので……そういえば、陣さんはどうして?)
それに凍矢さんだって。一応治療らしいが、ふたりとも昨日の今日で万全ではないとはいえ、それでも元気に歩いているように見えた。
気まずそうに顔を見合わせ、代表するように陣さんが言う。
「吏将のやつがまだベッドに居るだ」
(……あ、兄がすみません)
「……自業自得だ。あれだけやって生きながらえているほうが幸運と言える。気にするな」
そういえば吏将さん、場外カウント負けだから最後まで意識はあったもんなぁ。
仲間として凍矢さんたちは、奥のベッドへと向かう。私はそこまでは一緒に行けずに、近くにいたスタッフさんに医薬品の補給をお願いした。あとは売店によってお菓子とか日用品を買って、お部屋に戻ってお昼ご飯をどうするか相談しなきゃ。
幽助だってまさか幻海師範と遊ぶ為に出ていったわけじゃないだろう、帰ってくる頃にはぼろぼろになっている可能性が高い。いつでも手当できるようにしておこう。
奥からはまだ魔性使いTの話声が聞こえた。聞き耳を立てるのも悪いので、わたしはそっと医務室を出た。


違和感と手持ち無沙汰でつい手首の蔦を触りそうになるのを抑え、売店へと向かう。
お菓子は昨日食べ尽くしてしまったので、カゴにめぼしいものを突っ込んでいく。塩辛い系はやっぱりポテチやベビースター、甘い系にはチョコレートは欠かせない。昨日はたまたまチョコプレッツェルを食べきってしまっていてよかった。王様ゲーム中にあったのならば、より人間関係が危うくなる事態へなっているところだ。特徴的な赤い箱をカゴに放り込む。
「なー、これ入れていい?」
(食玩系はだーめ……)「……あれっ!?」
「いいだろー?」
噂をすれば影がさすというにはいささか遅すぎるが、振り向けばそこにいたのは鈴駒くんだ。ロボットアニメの食玩を私のかごに突っ込んでいる。
「だ、だめだよ!」
「けちー!」
しばらく問答したが、多弁な子供特有の押しの強さに負けて買ってあげてしまった。早速箱を開ける鈴駒くんは嬉しそうだ。まぁいいか、可愛いし。
「そういや、あんた喋れるようになったんだな」
「うん、少しね」
「蔵馬の薬草かなんか?」
「ちがう、けど。なんで?」
「あんたから蔵馬の気配がするから!」
(……………)
蔵馬さんのミサンガ、主張強すぎるな。そういえば妖怪の女の子も凍矢さんもそんなことを言っていた。思わず冷めた目でミサンガを見てしまう。過保護と心配の結晶といえど、複雑な感じだ。彼の中で私ってどういう認識なんだろうか。仲間の妹以上に、信頼されて無いことがひしひしと伝わる。まぁ、攫われにさらわれ、巻き込まれまきこまれの末だからその評価も仕方ないけれど。
「どうしたんだよ、深い溜息なんかついて」
「…………強くなりたいなぁ」
「強くぅ?無理無理、向いてねーって!」
鈴駒くんにまで言われてしまった。食玩取り上げてやろうかとも思ったけれど、私自身の能力のせいなのでやめておく。
師範に言われようとも、蔵馬さんに諭されようとも、鈴駒くんに否定されようとも、強くなれないからと言ってなる努力を怠るのもどうだろうかと思うけど、これだけ言われ続けるという事は本当に希望がないんだろう。やっぱり後衛としての能力をきちんと底上げするべきかな。霊力あげてこ!


部屋に戻ってきた私を、蔵馬さんは仁王立ちで出迎えた。腕すら組んでいる。なにか機嫌が悪いのだろうか、おずおずと無音の“ただいま”を言い、そっとその横を通り過ぎようとした時に、彼はため息混じりに言った。
「……ずいぶん妖怪に会ってきたみたいですね」
(えっ)
わかるの?という顔がまさしく答えだったんだろう、蔵馬さんはどこか冷ややかに笑う。
まさかこのミサンガそこまでの機能があるんだろうか。と、まじまじと見つめてしまったが、どうやら違うらしい。強い香水をつけている人の近くに寄れば香水の匂いをもらうように、強い妖気の近くにいると、その妖気の名残を貰うこともあるそうだ。
「色んな妖怪の気配がひっついてる。これは……鈴駒、陣、それに凍矢と……あとは弱いし、知らないな」
妖怪三人娘とかかな。私は思わずミサンガを握る。
「く、らまさんの、気配もすごいって言われた!」
「まぁ、そうなるようにしたから」
(なんで!?)
「うーん……マーキング?」
妖怪三人娘に絡まれたの、そのマーキングのせいも多分にあるよね。