出番ですよ(出番じゃないですよ)

陣さんと幽助の戦いは和やかに始まった。陣さんの性格を、幽助は気に入っちゃったみたいだ。
彼は風を操り、自らの身体をふわりと浮かせた。

《始め!!》

開始とともに殴りつけようとした拳は、陣さんがロケットのように高く飛び上がったことで大きく空振る。しばらく中に浮かんでいた陣さんは、急降下して空中旋回をして幽助にパンチをいれる。

《風使い陣選手、飛翔術を用いて見事な先制攻撃!!しかし圧倒的不利な体勢から反撃しようとした浦飯選手、転んでもただでは起きません!!》
「あの体勢から攻撃しようとすっとはな──くえねェ奴だな」
「オメーのパンチもけっこう利いたぜ。ふんどししめてかかはねーとな」
二人の会話は、本当にただのケンカのようだ。お互いの能力の高さからどちらかがうっかり死んでしまいそうな事なんて、度外視されている。
陣さんは素早く腕を回して竜巻を作る。
「修羅旋風拳!!───いっくぞー!!」
拳に竜巻をまとわりつかせたまま、幽助に殴りつける。その気流に巻き込まれて、かすっただけなのに幽助は吹き飛ばされた。
私たちがいるあたりにまで、強風がふきつける。
「うっ…」
(蔵馬さん!)
まだシマネキ草が枯れきっていない蔵馬さんに、妖気を帯びた風が襲いかかる。少しでもやり過ごそうと蔵馬さんに覆いかぶさった。陣さんの風が普通に私に当たるのは、妖気そのものではなくあくまで妖力を帯びた風だから呪いで防御されないのか、軽呪が進んでいるからなのかはわからない。
幽助も、場外の壁を足場に反撃しようとするが、陣さんは飛んだまま幽助の着地位置に殴り掛かった。カベは粉々に砕け地面がえぐれる。空飛べるのめちゃくちゃずるい。
《間一髪、壁を蹴って浦飯選手危機を脱出!》
「そんでこそ倒しがいがあるだ」
陣さんが拳を掲げた瞬間、幽助が殴り掛かる。二人の素早い拳が、防御とパンチを繰り返す。
僅かにだけ、幽助のほうがはやいけれど……相手は風使いだ。
隙をついて強く殴りかかっても空中に逃げられてしまう。
《場外ルールでは円闘場以外の地に体の一部が触れている場合に限りカウントをとることになっています!つまり空中は場外にならずカウントはとりません!!》
彼女がそういうのであればルールブックにも記載された公式ルールなのだろう。
幽助はさらに霊丸で打ち落とそうとするが、陣さんは“爆風障壁”で霊丸の軌道を変える。
「風のヨロイがオレを守ってくれてるだからな!オレに霊丸を当てる事はできねーよ。勝負あっただかなー?」
(す、すごい……)
陣さんは再び片手で竜巻を起こし、幽助になぐりかかる。
「ケリをつけてやるだ!!」
《浦飯選手微動だにしません!!まさか覚悟を決めたのか!?》
(──幽助!!)
陣さんの拳が当たる直前に幽助は霊丸を構えを向け、不敵に笑う。

「ま、まさか!?」
「さあ、どっちが頑丈かな!?」


幽助の霊丸と陣さんの竜巻がぶつかり、えぐれたリングの破片が飛び散る。
「あ、いたっ」
蔵馬さんを庇う背中に砕けたコンクリートがぶつかる。
ちゃん、声がっ」
「!!」
蔵馬さんの指摘で、たったいま自分の声帯が震えたことに気づく。軽呪が進んでいるのだ。
(あ、あ……あれ?しゃべれない)
恐る恐る喋ろうとするが、まだ不安定なのか気づけばまた自分の声を失っていた。久しぶりに聞いた私の声は久しぶり過ぎて違和感があった。
《浦飯選手は場外にふきとんでます。一方陣選手は!?──上!!上です!》
見上げれば、やはり陣さんは上空に浮いていた。
(そんな……)
「百戦錬磨というやつだ。キャリアが違う。あの拳をおさえて勝つ方法はなにかあるのか」
「ねェ!!だが終わるまでわかんねーぜ!!」
幽助の無鉄砲さに、飛影さんは呆れ顔だ。
「お前らの勝ち負けなどどうでもいいが、ただつっ立っているのもあきてきた。先に言っておくぞ、お前が負けたら次はオレがやる」
飛影さんの妖力は、もはやかなり回復していた。深い殺気とともに放たれるそれに、看護師さんは引いている。
「ルールなんぞくそくらえだ。文句のあるやつは殺す。皆殺しだ」
強い。しかし、ルール無用の乱闘騒ぎが始まった場合、私はもちろん意識のないお兄ちゃんも、本調子ではない蔵馬さんも危険だ。それだけ避けたい。
幽助はカウントを取り終わる前に再びリングに戻った。
「まかしとけや、2回戦はオレでケリをつける!」
「お、でかくでただな。次のこと考えったらオレは倒せねーぞ」
陣さんはぐるぐると両腕を動かし、今度は両腕に竜巻をつくりだす。あれでは、右手でしか打てない霊丸では太刀打ちできない。幽助も構えを変えて応戦しようとする。右手を引き、左腕を添えて体全体に霊気をまとわせる。今まで見たことないかまえだった。幽助はもう3回霊丸を撃っている。そこに、あんな技を使えば身体にかかる負担は相当だろう。これで決まらなければ、本当に危ない。
陣さんは瞳を輝かせて、うずうずと身体を震わせた。
「勝負だ───!!」
陣さんの拳は幽助の手のひらで止められる。幽助は左手でパンチを弾き飛ばし、もう片方の竜巻も掴んで、空いた胴に右腕を打ち込んだ。
《クリーンヒットォ──!!陣選手風を使う間もなく観客席に激突──!!》
観客を巻き込んで、陣さんの姿はガレキに埋もれる。しかし、カウントが終わる前に陣さんは顔を出した。
「ゲッ!」
「…………いいパンチだった〜〜〜〜おめ……強え〜〜なァ〜〜」
夢見心地でそれだけ呟き、陣さんは再びガレキの中に沈みこんだ。
《場外10カウント!!浦飯選手の勝利です!!》
(やった…!!)


観客のブーイングなか、ついに2対5で大将戦までもつれこんだ。
魔性使いTのオーナーらしき男性が、慌てて最後のメンバーに駆け寄る。
「おい吏将!大丈夫なんだろうな!?大会参加費とお前が勝つ方に全財産賭けたんだぞ」
「相手はもうヘトヘトだ。案ずることは無い、ま……そんなに心配なら確実に勝つ方法もあるがね」
確実に勝つ方法?悪いと思いつつ、彼らの話に聞き耳を立てる。
「運営サイドに掛け合えばいい。理由は“さっき浦飯が場外に出た時のカウントが遅かった”とでも言えばいいだろう。浦飯さえ退場させればこちらの勝ちだ」


(なにそれ!!)
「いたっ」
卑怯な作戦に思わず立ち上がってしまう。膝から蔵馬さんがこぼれ落ちて頭を打った。
(あ、ご、ごめんなさい!!)
慌ててしゃがみこんで頭をさする。治療するつもりが怪我させてないかな、わたし。
「どうしたんですか、ちゃん……」
(だって……あ、そうか、聞こえてないんだ)
師範によって鍛えてもらった聴力は便利だけれど、聞こえただけではなにもできない。私に運営サイドに掛け合う力はない。


吏将さんは外套を脱ぎ、リングに登る。
「私も予告しよう。私に指1本触れることなくお前は負ける」
不正で勝てると確信した吏将さんは不敵な笑みで幽助を挑発する。
《始め!!》
《その試合STOP!!》
急な静止に勢いが殺せず、幽助はリングに頭を打った。今日の浦飯Tは頭が厄日だ。
《なんとVIP席のある本部よりものいいです!!》
《さきほどの陣VS浦飯戦で浦飯選手が場外に落ちた際、審判のカウントのとり方が遅かった疑いがあり……協議の結果、陣・浦飯両選手場外10カウント引き分けとします!!》
自分のせいにされたレフェリーの女の子が驚きの声を上げる。観客もどよめき、さすがにギモンの声が上がっている。
「両チームで残るは……吏将ひとり……!?」
「ということは……浦飯Tの負け………?」
「浦飯Tの負けか!!」


「フ……そういうことだ。どうした審判奴らの負けを宣言しろ」
《な……納得できません。本部!!再考をお願いします!》
濡れ衣を着せられた彼女の主張にも、本部は聞く耳を持たない。
「り…吏将!オ、 オレもこんな勝ち方は納得出来ない、命をかけた画魔になんと言えるのだ!」
味方側である凍矢さんにも、吏将さんは冷たく返す。
「甘ったれたロマンチシズムは捨てろ。言ったはずだ、目的は勝つこと。無駄な殺し合いはせずに、楽に勝てればいいのさ」
確かに、この形であれば無駄に血を流すことはない。幽助はもう霊丸は撃てない。立っているのだってやっとだろう。そんな幽助が戦っても、吏将に負けてしまうかもしれない。
それに比べたら、これ以上傷つかずにことが終われば、それが一番なのかもしれない。


それが、一番マシなのかもしれない。


──────本当に?




「………っ…っま、まった!!」
久しぶりに大きな声を出して、喉に血の味がにじむ。
会場中の視線が私に集まる。蔵馬さんが驚いた顔で見上げてくるのがわかった。その彼をそっと寝かせて、立ち上がる。
《あ、あなたは……桑原選手!》
(わ…わた…し…が)
軽呪は完璧ではない。それでも少しずつ良くなっているようだ。何度か声がかすれ、ようやく言葉が紡げる。喋れるっていいものだな。
「わたしが、出ます…!」


「お前は補欠だろう……ルール上無理だ」
吏将さんは余裕の笑みを浮かべたまま正論をいう。しかし、正論を言うには資格がいるのだ。なにがルールよ、先に卑怯なことをしたのはそっちじゃない。お兄ちゃんには見せたくない笑みを浮かべる。 笑顔には笑顔で答えるタイプだ。 精一杯の強がりだった。
「……こわいんだ?」
「─────なに?」
「女子中学生に、負けるのが…こわいんだ?……だからこんな卑怯なこと……するん、でしょ…?」
吏将さんの笑みが崩れる。余裕そうな立ち振る舞いが、強ばる。女子中学生には負けると思っていないが、女子中学生に挑発されるのは癇に障るのだろう。
「───あなた、本当は弱いんじゃない?」
決定的な一言を言ってしまった。あーあ、波風立てないようにしてたのにな。途端に吏将さんからびりびりとした殺気が溢れ出る。しかし、こっちのペースに巻き込めた。軽呪された状態で、くちなしの呪いのバリアーはどこまで効くかな。吏将さんは何タイプの忍者だろうか。みんな自然を操るから、たぶん物理攻撃なんだろうな。そうしたら確実に死ぬ。
「喧嘩を売る相手を間違えたこと、あの世で後悔するんだな……」
「待て!」
幽助が吏将さんを呼び止める。チンピラの迫力だった。
「いちばん納得いかねーのはだれか、わかってんのかコラてめー」
「幽助、…勝ちなんざ奴等にくれてやれ。奴を見ていかに意味の無いバカげた遊びかわかったろう。こんなヤツらのルールに付き合うことなどない」
何気なく、飛影さんが私の名を呼んだ。彼が名前を呼んでくれるなんて、冥土の土産になりそうだ。飛影さんは吏将さんよりも強く、凄惨な妖気を醸し出す。師範が身体をかまえるほどだ。
「ここからはオレのルールでやってやる。本当に強いやつだけが生き残るサバイバル・ゲームだ」
「……確かにな。オレももうぶっちぎれる寸前だぜ」
それは私、確実に死んじゃうんじゃないかな?私が絶滅してしまう。味方殺しどころじゃない。 結界師の女性も抗議の声をあげる。
「ちょっと!待ってよ私も納得できませんわ!!本部!!私の結界ではこやつを押さえきれませんわ!!」
「つきあうぜ飛影!派手に暴れてやる!!」
大乱闘の気配がする。審判さんは一応のけじめとして、それでも使命をまっとうしようとした。
《浦飯T戦闘可能選手不在のため、魔性使いTの勝…》

「待っったぁあ─────────────!!!」


その、声は。
そこには、よく知っている男が立っていた。
──────おっちょこちょいで、強いけどなんだか弱くて、でも正しくて、いざって時は誰よりもかっこいい───誰よりも大好きな、わたしのお兄ちゃん。
お兄ちゃんは、桑原和真は、そこに立っていた。
「さっきからきいてりゃてめェら全く、このオレ様の存在をすっかり忘れやがって」
「く、桑原!!」
「う〜〜〜す」
「おお、まだあんなのがいたな」
「にをこの…」
気の軽い会話をするが、お兄ちゃんはやはり大怪我した脇腹が痛むらしくうずくまっておさえる。それもそうだ、すぐに瀕死の蔵馬さんの手当に移ったので、お兄ちゃんには少し霊力を補充して傷を埋めるだけ埋めた、だけなのだ。表面上はくっついていても奥はまだ深く傷ついている。あとは本人の自己治癒力に頼らなければいけない。
「おにぃ、ちゃん!怪我は塞いだだけなんだよ!」
私は慌てて駆け寄り、お兄ちゃんを支える。
「止めんじゃねぇ、……」
「でも……」
「おめぇはここで行かねーオレを兄貴だと尊敬できんのかよ……妹盾にして黙ってられるほど、落ちぶれちゃいねーぜ……」
お兄ちゃんは私の肩をつかんで引きはがす。まるで、1人で立てるとでもいうかのように。
「さっきのおめぇ、かっこよかったぜ。兄貴にもカッコつけさせろや」
ふらつくお兄ちゃんに、幽助はリングから飛び降りて駆け寄る。
「ほーれムチャだバカ野郎!!オメーは1回戦でもうボロボロなんだぞ」
「オレしかいねーんだろが…。ムカつくまんま暴れるなら奴らと変わんねーぜ。キタネェ奴らにも筋通して勝つからかっこいいんじゃねーか?大将」
「勝てればな」
「っちいちっせーんだよ!めーはよ!」
飛影さんは通常進行だ。でも、だからこそお兄ちゃんはすこしリラックスしたようだった
《なんと驚きです!!そうですこの人がいました!!イチガキ戦で瀕死の重症を負った桑原選手根性の復活!!》
お兄ちゃんは、身体の力を抜いて、ふらつきながらも1歩1歩リングへと近づいていく。
「兄妹揃って頭の悪い奴らだ。そんなに死にたいか」
「おお、殺してみろや。オレはしぶてェぜ」


「け、剣が出ねェ!!霊気の剣が…」
「なにィ!」

桑原は、思うように動かない身体がもどかしくて仕方がなかった。いくら果敢に立ち向かっても、目の前の男の体術に圧される。身体を保つことに必死で、霊気の剣はおろか拳にも力が入らない。
しかし、ここで倒れるわけには行かなかった。そうなればいよいよ妹の身は危険に晒されるのだ。

「それにしても、貴様の頑丈さにはヘキエキだな。よかろう、冥土の土産に見せてやる。土使い吏将の極技をな!!」

桑原はこのとき、初めてこの男が土を使うのだと知った。男は自ら場外に降り、実況のオンナノコが驚いた声を上げる。一瞬、このまま10カウントで負けてしまえと思ったが、世の中はそう都合よく回らない。

《ああ!?なんと1!!場外の土が吏将選手の2!!体を覆っていきます》
「修羅粘土闘衣!そしてくらえ必殺のォオ──!!ボンバー・タックル!!」

ださい衣装だと思った。思った瞬間、己の身体が弾き飛ばされる。気づいた時には空を見上げていた。遠くでカウントの声が聞こえる。
このまま楽になろう。なんていうことは、桑原はちらりとも考えなかった。なにも考えなかった。蔵馬のように戦いながらあれこれと考え事を出来るほど、桑原の頭の出来は良くない。
考えなくとも、妹を守らなければいけないということを理解していた。そして、負けてはいけないことも。

「な……何故だ?なぜ立ち上がる───!?」

起き上がる桑原に、目の前の敵は青ざめた。

「負けたく…ねェからに決まってんだろう。死んでもてめェは道連れだ…!引き分ければ延長線決定、そうすりゃ幽助が今度こそケリをつけてくれるぜ」

そうして、仲間たちを見た。皆一様に、桑原を見守っていた。男桑原の生き様は、あいつらがたしかに受け止めてくれる。
飛影、蔵馬、覆面、幽助──そして。

(──… 姉貴と親父によろしくな)

妹の唇が動くのが見えた。聞こえないけれど、きっとお兄ちゃんと呼んだのだ。
覚悟を決めて最後の力──使えば死んでしまうであろう、力を振り絞る。あの男を道連れに地獄へ落ちるために。母の居るであろう天国に、あんな男を連れていくわけには行かない。
一緒に地獄に堕ちてやるぜ。
だれかが桑原の名前を呼ぶ、母が自分を呼んだのだと、一瞬だけ──本気でそう、思った。
けれどそこにいたのは、母でも妹でもなく。
己にとってたった1人の天使だった。


「雪菜さんっっっ!!来てくれたんスか!!」


(え、えぇー………!?)

お兄ちゃんはあまりにも、あまりにもあっさり吏将さんを殴り飛ばした。先ほどの苦戦なんてうそみたいに。
「和真さん、大丈夫ですか───!?」
「ワハハハ!全っ然ヘーキですよ!!」

「な、なんなんだあいつ」
幽助は度肝を抜かれた顔で言う。私もそう思う。我が兄ながらなんなんだろう、彼は。愛の力というものなんだろうか。