花とよこしま

「元来、化粧にはすごい魔力が宿っている。人間も祈願祭などでやるだろう、日常生活でも女は魅惑の粧を使うしな。オレがあんたに化粧の本当の魔力を見せてやろう。オレ特製の化粧水を使ってェェエ」

彼は自らの塩顔にアイラインやリップメイクのように化粧を刻む。アメリカの女優がしそうな極太囲み目キャットラインだ。化粧水というのも、私がイメージする基礎化粧品ではなくてそのものメイクアップのためのものなのだろう。
戦闘の粧を施した男の妖気は急激に高まった。リングを打ち砕き、蔵馬さんに連続攻撃をしかける。蔵馬さんは防戦一方だ。先程幽助に言ったとおり、相手の手の内を引き出そうとしているのだろう。

「植物を武器化する時間は与えねェぜ!このままケリをつけてやる!!」

蔵馬さんがバランスを崩したところで、化粧水が彼の足に絡みつく。
「う!?足が……!?」
「くくく!!どうだ!?足が鉛のように重いだろう!!あんたもう逃げられねえぜ!!死の化粧だからなぁ!!」

《なんと画魔選手、敵にも呪いの化粧をほどこすことができるようです!!それに加えてあのスピードと攻撃力!!蔵馬選手大ピンチ!》
「画魔の作る化粧水はどんな服も通り抜けて皮膚に付着しアンテナの役目をし、呪いを受信する。ひとたびつかまれば逃れる術はない」

あれもまた、呪術の一種なのか。喉のチョーカーが熱を持った気がした。わたしにおけるこのチョーカーが、蔵馬さんを苦しめるあの化粧水なのだ。
化粧水は更に蔵馬さんの四肢に絡まる。

「獄錠の粧!」

ひとつ70キログラム、四つで280キログラムの錠だ。手足の自由を奪われた蔵馬さんに、画魔さんが襲いかかる。

(蔵馬さん……!!)

万事休すかと思われたその時、蔵馬さんがかぶりを振った。
画魔の動きが止まり、身体から血が吹き出る。
蔵馬さんの髪の毛を這うように、茨のつるが伸びていた。

「悪いな、使えるのは手足だけじゃない」

《ああっと!まさかの大逆転──!!なんと髪の毛でムチを操り画魔選手に決定的なダメージをあたえました!!》

(──か、かっこいい……)

本当に全く不純な感想だが、敵を油断させる策略と華麗な手の内と、蔓によって髪をまとめあげた蔵馬さんは美しかった。キュウと胸が苦しくなることに慌てる。みんな命懸けで戦っているのに、わたしは馬鹿なのかな。こんなことだからに鴉に軽蔑されるのかもしれない。あの男はなんだかんだでまったく的はずれなことは言わない。
呪を解くよう忠告する蔵馬さんに、瀕死の画魔さんは血飛沫を飛ばして殴り掛かる。

「うああっ」
「よせ!!ムリに動けば本当に死ぬぞ!」

ボタボタと大粒の血が弾け飛ぶ。画魔さんの腕は蔵馬さんに掠りもせず、とうとう彼は倒れた。

《ダ…ダウン!!カウントをとります!》
「……もう、2度と立てないだろう」

しかし画魔さんは、己の身を顧みずに笑った。それは自分の死を儚んだからではない。

「封じた……」

画魔さんの指が蔵馬さんを指さす。蔵馬さんの胴には、封呪の血文字が刻まれていた
彼は最期の力を振り絞り、蔵馬さんの妖気を封じたのだ。自分が死のうと、次の仲間の手で蔵馬さんを倒せるように。
今までの、個々は強くとも寄せ集めただけのチームとは違う。各々の役割を持ち、連携して戦ってきた経験があるからこその手だった。
テンカウントで画魔さんの敗北が決まるが、勝ち残ったからこそ蔵馬さんはピンチだ。手足は動かせず、妖気も使えない。
次鋒として出てきた男は、冷たい瞳を持つ男だった。

《次鋒、呪氷使い凍矢!》
「お前の死はムダにしないぞ画魔。奴はオレが殺す」


「ひとつ教えてくれ。なぜ最強の忍びとよばれるキミ達がこの戦いに参加したんだ?」
「…………光さ」

画魔さんの妖力の効果は10分。時間稼ぎを兼ねているのかもしれない蔵馬さんの問いに、凍矢さんは答える。

「闇の世界のさらに影を生きるオレ達には、一片の光もない。だが気付いたのさ。オレ達の力があればいくらでも表の世界を生きられるとな……
「オレ達ののぞみは誰の手にもそまっていないナワバリ、この島さ
「ここは出発点にすぎない。いずれはオレ達自身が光となりこの世をおおってやる」

光。それは崇高な望みに思えた。
敵役として現れた画魔さんも、その理想に殉じた。仲間に光を見せるため、己の命を捨てたのだ。
彼らには彼らの信念があり、理想がある。正義の反対はまた別の正義というやつだ。彼らにとっては、私達は忌むべき障害なのだ。
でも、悪ではなくても敵ではある。敵対する以上、ここでは殺し合わなければいけない。世界がいい人と悪い人で出来ていたらどれだけ楽なんだろう。
そう考えてから頭を振った。その世界では、きっと嘘つきで無力で足でまといな私は悪なのだ。
その世界でなくとも、今だって。


《始め!!》

凍矢さんは妖気で氷の玉をつくり、吹き飛ばす。
「魔笛霰弾射!!」
散弾銃のように撃ちごれる氷は蔵馬さんの身体にのめりこむ。それでも蔵馬さんは重い体に鞭を打ち、必死に弾を避けようとする。吹き出た自分の血で画魔さんの呪いを掻き洗う。

「血で血を洗うか……考えたな」
「くっ」

しかし、画魔さん妖力は強く、無駄に終わった。
凍矢さんは残り時間5分の呪いを無駄にしないように再び弾丸を放つ。

「画魔の妖力が消えない限り、お前の妖気は外には出せないのさ!!」
(蔵馬さん!!)

撃ち込まれた蔵馬さんはダウンに陥るが、それでもなんとか立ち上がる。
その凄まじい覇気に凍矢さんは怯む。

「……お前は、恐ろしい奴だ。オレが狙った急所をその体で全てよけている……よけながら、オレに勝つ方法を考えている」

どれだけ攻撃を受けようとも、蔵馬さんの瞳は濁らずに前を見つめる。凍矢さん達が理想を追うように、蔵馬さんにも譲れないものがあるのだ。

「もうひとつだけ聞きたい。表の世界でなにをする」
「………わからない。まずは光だ」
「そうか」

呪いの効果は残り五分を切っている。凍矢さんは氷の剣を作り、接近戦に持ち込む。

「殺す!!」
(蔵馬さんっ!!)



肉を鋭いものが突き破る音。
貫かれたのは、凍矢さんのほうだった。
氷の刃は蔵馬さんの額に届く前に静止している。蔵馬さんの腕から伸びた蔓植物が──シマネキ草が──凍矢さんの胴を貫通していた。

「傷口から……植物が……!?お前……自分の体にシマネキ草の種を……!!」
「妖気が封じられて外に出せないならば、体の中を使うしかないだろう」
「たいした……奴だ…」
《逆転ダウーン!!カウントをとります!!》

テンカウントが決まり、蔵馬さんの勝利が宣言される。
幽助は叫んだ。
「蔵馬もういい!!戻ってこい!!後はオレがやる!!」
「お前の勝ちだ、殺せ」
「断る」
目を開けるのもやっとという負傷で、蔵馬さんは毅然と告げた。
「キミ達が光の後に求めているものを知りたい……なにより……正直なところオレのダメージはキミより…大きい…」


──蔵馬さんの腕の力が抜ける。
──蔵馬さんの瞳が閉じられる。
──蔵馬さんの唇が言葉を消す。


「蔵馬ァ───────!!」
(蔵馬さんン!!!)


仲間の夢のために命を捨てた画魔さんが、蔵馬さんとダブる。
(うそ……)
光の後に求めているものを、知りたいと言ったくせに。
こんなところで……。そんなの、信じられない。蔵馬さんが死ぬはずない。
「やったぜェー!まずは一匹ィ!」
喜ぶ観客のなか、実況はそっと蔵馬さんに近づきそのバイタルを確認する。
《く、蔵馬選手生きています!!かろうじて…立っているのが精一杯の状態で》
(よ、よかった……)
「よっしゃ実況!!交代だ!!あとはおれがやるぜ!!」
幽助が臨戦態勢で己を指さす。私も顔色が良くなってきた兄を壁にもたれかけさせ立ち上がり、知らぬ間に零れていた涙を拭う。安堵している場合ではない、はやく治療しなきゃ。

しかし、現れた大男が交代を静止する。
「おっと、そいつはできねェな…こいつはまだ立ってるじゃねェか。さぁ次はこの爆拳様が相手だぜ」
「バカ野郎交代だ!蔵馬はもう戦えねェ!後はオレがやる!!」
《こ…交代を認めます!!》

実況の判断に、会場からブーイングが飛ぶ。その声に応えるかのように運営サイドが放送をした。
《大会本部より命令です!!交代は認めません!!第3試合、蔵馬VS爆拳!!始め!!》
(ちょっと……!?)
「ぐ……っ」

実況の判断を消し飛ばし、蔵馬さんをリングに置いたまま試合が始まる。爆拳さんは実況さんの襟首を掴んで投げた。
「ハニャー!!」
(ちょっと……!!)
お兄ちゃんをずっと乗せていたことで痺れる足にムチを打って、実況の女の子が落下する前にスライディングして彼女の下に飛び込んだ。
「ってて……うニャ……」
(大丈夫!?)
「ふにゃあ、あり…がと…?」

リング上では爆拳さんが蔵馬さんの顔を殴り飛ばす。
「へっへっ、こいつはいいサンドバッグだぜ。ほーらよっと」
抵抗できない蔵馬さんを蹴り飛ばし、蔵馬さんの身体は人形のように倒れる。

(ダウン…!!)
《く、蔵馬選手ダウンです!!爆拳選手はなれて!》
未だリングに登れないまま、それでも実況としての本分を果たそうと女の子はカウントを始める。しかしそんな公平性を爆拳さんは踏みにじる。
「カウント?おいおい笑わすなよ。10カウントダウンで客が納得すると思うか?」
「なにっ!?」
爆拳さんは蔵馬さんに近づき、カウントが満たされる前にその襟首をつかんだ。意識のない彼を無理やり立ち上がらせる。
「くくく、これでダウンじゃねェぜ。試合はまだ続く」
「や……ろォ…」
(もうやめて!!)
「顔面グズグズにしてやるぜェェェエ────!!」


「やめろ爆拳!!」



爆拳さんの拳を止めたのは、魔性使いTの声だった。
見ていられなくて閉じた瞳を、恐る恐る開く。蔵馬さんはまだ殴られていない。先程のまま、意識のない状態で無理やり立たされているだけだ。
私の前に立つ幽助が、右手を構えている。指先に霊気を集め、いまにも霊丸が放たれそうだ。
大会のルールを無視し、今この場全ての妖怪相手に乱闘となろうとも、幽助は撃つつもりだった。
(幽助……)


「ケッ、甘いぜ吏将。いや凍矢も画魔も陣もだ。邪魔なやつは全員殺せばいいんだよ」
志を同じくする魔性使いTも、その考え方は人によって違うようだった。爆拳はしぶしぶながらも蔵馬さんを投げとばす。その身体を幽助が抱きとめ、名前を呼ぶ。
「……蔵馬」
その深い怒りに後押しされ、幽助の霊力はどんどん高まっていた。結界の奥にいる飛影も──彼の妖気もものすごい速さで戻っていっている。吏将さんとやらが止めなければ、本当に死闘になっていただろう。
、蔵馬を頼む」
第4試合に臨むため、幽助が私に蔵馬さんを預ける。体重を支えきれずよろけてしまう。その身体をなんとか端まで引きずっていき、ゆっくりと横たえた。膝に頭を乗せて手を握る。その手はぞっとするほど冷たい。
意識がない。呼吸が浅い。その妖気もかつて見たことないほど弱々しい。
(蔵馬さん……)
ケガはもちろん、シマネキ草が手強い。蔵馬さんの肉体に深く寄生して僅かな妖気を吸っている。無理にむしろうとすれば身体に負担がかかるだろう。魔界の植物を枯らす方法なんて知らない。とにかく、蔵馬さんの生命力が枯渇しないようにしなければ。
致命的な外傷を心霊医療で治しながら、救う手立てを考える。
一般的に、植物の枯らし方は二通りある。栄養を与えすぎるか、与えすぎないかだ。この場合、蔵馬さんの妖気を必要なだけ端から吸ってしまうので、蔵馬さんが生きている限り養分不足にはならない。
(栄養過多にするには……)
内側から効率的に養分を摂取させる。器である蔵馬さんに多量の力を送り込み、間接的にシマネキ草に摂取させる。
私の霊気を蔵馬さんに多量に送りこみ、蔵馬さんの生命力を底上げして妖気を作らせる。そんなことを出来る方法が、一つだけあった。師範が教えてくれたもの。聞いた時は絶対に使わないと思ったけれど……今はそんなことを言っている場合ではない。迷うこと自体が、蔵馬さんに対して失礼だろう。


(ごめんなさいっ…!)


使えるだけの霊力を込めて、蔵馬さんの唇に私の唇を合わせた。
口移し。古典的ながらも確実な方法だ。Fateだって魔力供給に体液交換を使う。 顔の怪我は治したとはいえ、蔵馬さんの口は血の味がした。 乾いたスポンジに水が染み込むように、私の霊力がどんどん吸い込まれていくのがわかる。
これ以上はやばい。
(ぷはっ…)
ギリギリのところで唇を離すと、ぱっちりと目が開いている蔵馬さんと目が合った。
(っ……!!!?)
力を送り込んだのだから、そりゃあ目だって覚ます。蔵馬さんは何も言わずに目を伏せて──伏せただけだよね?顔も見たくないとかじゃないよね!?──私が握っていない方の腕をゆるゆると持ち上げてシマネキ草へとかざした。妖力を送り込んで枯らそうとしているのだ。私の方法もまったく間違っていたわけではなさそうだ。
声かけようにも精神的にも肉体的にも私にかける言葉は無い。


《勝者 浦飯!!》


そうこうしているうちに、きっちりと爆拳さんを壁にのめりこませて幽助が勝利する。幽助は隅にいる私たちに近づいて、蔵馬さんの容態を確認するためリングを降りた。
「蔵馬……」
外傷は大方治したし、血色も大分よくなった。私に出来るのはここまでだ。蔵馬さんはようやく唇を開く。
「すまないな……予定では三人はオレで倒したかったが…」
「ケガは大丈夫か?」
ちゃんが、治してくれたので……ケガよりも自分で植えたシマネキ草がやっかいだな。魔界の植物だけに枯らすのに時間と妖力がかかる」
魔界の植物はしぶといみたいだ。いつまでも握っていても邪魔だろうと手を離そうとすると、指を絡めて引き戻される。心臓がドキリと跳ねるが、慌てて平常心を保つ。きっと繋いでいるだけでも微量な霊気が流れてくるとか、そういう効果があるのだろう。もしくは枯らすのってすごく痛くて縋るものが欲しいとか。
「まさに、自分でまいたタネだけどね」
幽助は安心したように笑って、「いい枕だな」とわたしのことを茶化す。今日は私の膝、千客万来である。基本私が勝手に乗せているだけだけれど、硬い地面の上に直接寝るよりはきっといいだろう。
「ゆっくり休んでていいぜ、残りふたりもオレがきっちりカタはめる」
ふっと和らいだ雰囲気を蔵馬さんが引き締めて、忠告をする。
「油断だけはするなよ。前の三人は出てくる順番も強さもバラバラだったが、残るふたりは確実に大将クラスだ」
残りはふたり。風使いの陣さんと、正体不明の吏将さん。どちらも急かす気はないようで、こちらの様子を伺っている。
「どんな奴が相手だろーが、負ける気はねー!!」