うらはら生存戦略

夕食として中華粥を頂いたあと、私はまた寝てしまった。そして起きたらお兄ちゃんが隣にいて声にならぬ悲鳴をあげてしまった。二人で寝るなんて数年ぶりだ。私服のまま寝てしまった。

「おはよう、ちゃん」

また寝ぼけてぼんやりする私に、既に起きていた蔵馬さんは爽やかに挨拶をした。わたしは会釈だけで済ませる。
覆面の人と、飛影さんはもう起きていた。お兄ちゃんは寝ているし、幽助もずっと眠ったままだ。お腹とかすかないのだろうか。わたしは腹ペコです。それにシャワーも浴びたいし、服だって着替えたい。でも部屋に戻るなんて言ったら、普通に止められそうだ……。

ちゃん、朝ごはん何にする?」

結構な空腹を抱えているのでアメリカンブレックファーストにする。蔵馬さんも同じく、というよりみんな戦いを控えているのでしっかり食べたいようだ。覆面さんも飛影さんも同じものを選ぶ。ちなみに、まだ寝ているお兄ちゃんも私の一存でアメリカン。

『朝ごはん来る前に、着替えを取りに行っていいですか?』

そうボードに書くと、蔵馬さんは深刻な表情をした。きゅっと眉をひそめて、瞳は真剣そのものだ。

「君は、自分が監禁されていた部屋に自ら戻る事がどういうことなのかわかっているのか?」

珍しく冷たい声だった。
どういうって、普通に荷物を取りに行きたい。と思ったが、彼が言いたいことにはすぐに気づいた。たしかに、拉致監禁されていた場所に被害者が戻ろうとする、と言い換えれば彼が感じた異常さはわかりやすい。ストックホルム症候群とでも言おうか──この場合犯人というよりは場所への愛着だが──それに近い精神状態だと思われているのだ。
うつむく私に理性的な蔵馬さんはふっと雰囲気を和らげる。

ちゃんも着替えたいですよね」

今度は優しい声だった。首を縦に振った衝撃でなのか、はずみで妥当な案をひらめいた。被害者が目的を達成できて、なおかつ保護者も多少は安心するアイディア。
私は隅でじっとしていた飛影さんの服をひっぱる。本当だったらお兄ちゃんか幽助さんがよかったけど、そのふたりが夢の中なのだから仕方ない。

『飛影さん、手伝って!』


嫌がられるとおもった(その場合は蔵馬さんに頭を下げるだけだが)けれど、飛影さんは意外や軽く鼻を鳴らすだけですっくと立ち上がった。ぽかんとする私に目線を向け「なにちんたらしてやがる」と言葉を投げつける。鴉の嫌味とは違う、心から愛すべき雑言だった。

かくして私は飛影さんとともに部屋に戻った。懸念していたが、部屋には戸愚呂チームの誰も居なかった。彼らは見張りとして居ただけだから、ターゲットがいない今この部屋にいる理由はないのだ。
教科書や本類は入るだけスクールバッグにつめこみ、衣服や日用品も適当なものに詰めた。幸い贈られた時に入れられていた、ハイブランド特有の丈夫そうな箱や紙袋がいくらでもあるのだ。

「甘やかされていたのは本当らしいな」

連れてこられた時よりも明らかに多いだろう荷物を見て飛影さんはつぶやいた。だから、みんなが思ってるより断然平和だったんだって。ここだけの話、暇を極めた時は武威さんとジジヌキとかしてた。しかしその馴れ合いもある意味で犯人への愛着なのだろうか。
みんな私がバイオレンスな日々を送っていたと勘違いしてそう。だから蔵馬さんもあんな険しい表情だったのかな。

部屋に戻ると、蔵馬さんもちょっと呆れた顔をした。そして苦笑して「スーツケースがもうひとつ要りそうですね」と言った。
朝食はもう既に部屋へ届いていた。