飛び込む予想外

「あ」「あれ」「おや!」

スーパーに寄った帰りに、家の前で螢子さんとぼたんさんに出会った。

「お買い物の帰りかい?今日の夕飯はなんにするんだい?」
「鶏の照り焼きにしようかと」

とても鶏肉が食べたい気分だし、お兄ちゃんが大好きな“ご飯がすすむメニュー”だ。あれもこれもといろんなおかずを作るのは無理なので、育ち盛りの男子にはとにかくお米をいっぱい食べてもらうしかない。

「おふたりはどうしたんですか?」
「幽助の様子を見に来たの。おじゃましていい?」

勿論!ふたりを家に招こうとした次の瞬間、近所じゅうに響き渡る大声が聞こえた。我が家から。

「黙ってたらわかんねーだろがァ!!なんとか言え!!桑原!!」

「……いまのって」
「幽助の声……?」


幽助はすっかり目を覚ましていた。数日眠っていた割には元気そうだ。

「冗談にしてもシャレにならないと言ったんですが」

南野さんはそれでも不謹慎なジョークを止めなかったらしい。この人もなかなかな性格だなぁ。代償としてお兄ちゃんは幽助にボコられている。
「ったく、チンケな嘘つきやがって」
まったくもって同意である。ろくでもない冗談は言うものでは無い。いや、今回は言わないことが問題だったみたいだけど。
ひとしきりお兄ちゃんをどうにかしたあと、幽助は螢子さんからの視線に気づいた。じっとりとした、怒りとも不信ともとれる視線だ。おそらくは心配が大きいのだろうけど。
彼は場をはぐらかすように私に声をかける。

「お、。わりぃーなぁ、また迷惑かけて」
「いえ、うちでよければいつでも」

霊界探偵助手になったことだし、と言おうとしたけど螢子さんがどこまで知っているかわからないからやめました。
おふたりを見送って夕飯の続きにとりかかる。ぼたんさんは今日はお仕事の関係でもう戻らなきゃいけないらしい。結構忙しいんだな。

「南野さん、今日もよければ持って帰りませんか?」
「本当にそこまでお世話になっていいの?」
「もちろんです!これから作るのでちょっと待っててもらえますか?」

南野さんは今日も“お口に合えば”とスイーツ持参だ。駅前の和菓子屋さんのお団子と大福。勿論ありがたく頂戴した。これは餌付けされてる気がするぞ。

「……その、よかったら一緒に作っていいかな」
「え?」

美味しい和菓子に見合ったものをお渡ししたいと気合入れて髪をまとめているところで、南野さんは珍しく少しもごもごと言った。びっくりして緩んだ手のひらからぱらりとひと房髪が洩れる。ぽかんと南野さんの瞳を見つめながらそれを手櫛でまとめなおしていると、やはり南野さんはなんとなく気まずそうに続けた。

「オレ、料理って全然ダメなんですよ。教えてもらえませんか?」
「え?ダメなんですか?意外です」
「料理ってまったくやったことないんだ」

そういけば先日も家事は苦手だと言っていた気がする。器用そうなんだけどな。

「調理実習とかは?」
「いや、女子がさせてくれなくて……」
「あー……」

同じグループの女子からしたら腕の見せどころだろう。私が南野さんと同じグループの女子なら、同じように張り切っていたかもしれない。そしてこの南野さんの苦い笑みからして好感度には繋がらないようだ。冷たい気もするが、そんなアプローチを四六時中うけているのと思えばうんざりする気持ちもわかる。むしろそんな扱いを受け続けて超絶嫌な性格の男の子にならなかったのはさすがだろう。

「じゃ、やりましょう!今日のメインはテリヤキチキンです!」

幸い簡単なレシピだ。二人でやればすぐ終わるだろう、手早く作ってしまおう。


「……なんというか、ごめん」
「いえ、私の教え方が下手だったんです!」

南野さんは本当に料理が下手だった。壊滅的とまではいかないし、私も一緒に作ったためそれなりにはなったが、彼ひとりで作っていたら病み上がりのお母様にはとても負担となる料理ができただろう。
本来、家庭料理というものは正しい手順で正しい分量を使い正しい動作でやればできるものだ。ただ、経験を詰まなければ“少々”とか“適量”ってわかりづらい。それは仕方が無いことだと思う。火加減も、じっくり炒める意味や強火で熱する理由をきちんとわかっていなければ難しいだろう。 切り方が豪快だったのも意外だ。なんか刃物の扱いとか上手そうなイメージだけど、仕上がったものは結構大きさがまちまち、というかオールぶつ切りだった。
まぁ、ここらへんは私の指示の仕方が悪かったかもしれない。きちんとしたレシピ本を参照にゆっくり考えながら作っていたら彼1人でもそれなりに出来たはずだ。
それでも。

「砂糖って塩で中和できないんだ……」
「そ、そそそうなんですよー、意外ですよねー!……あはは」

とにかく予想外だった。ギャップ萌えにたどり着かないくらいびっくりしている。塩と砂糖でプラスマイナスゼロなんていう考え方、本当にする人がいるなんて。なんとなく理系っぽいから料理のメソッドとかわかりそうなのにな。

「得意なのは生物なので……」

南野さんは、いたくプライドが傷ついなような悲痛な面持ちで言った。
そういう問題ではない気がする。