手をつなぐオレンジミント

食後、ゲームをするぼたんさんとお兄ちゃんを見守りながら宿題をしていた。数学の宿題は簡単だけれど枚数が多いのだ。ついでに国語の予習もしておく。けして地頭はよくないし中学過程など遠い昔なので、油断して追いつけなくなる日が怖い。

ちゃんは本当に真面目だねえ。桑原くんはいいのかい?」
「オレはいーんすよ!どうせ出来ねえし!」

そんなことはないと思うんだけどな。やらないだけで。彼は昔から何事もやればデキる男なのだ。
まぁお兄ちゃんも受験シーズンになればなにかしら考えるだろう。

「あ!そうそう、その真面目さを買いたいんだよ!」
「え?」
ちゃん!霊界探偵の助手をしないかい?」
「れいかいたんていのじょしゅぅ〜?」

ぼたんさんの急な提案に、アホみたいな声で驚いたのはお兄ちゃんだ。もちろん私もあまりに突拍子がない話で驚いている。霊界探偵の助手って事は……

「それって、幽助の助手ってことだよな?」
「そ、そんなこと、私には出来ないですよ……」
「コエンマ様からの命令なんだよ!ちゃん霊力強いし、それに、助手っていってもサポートするだけだから!ね?」
「う、うーん」

霊界探偵自体いまいちなにをするか把握していないけど、助手になると更に何をするか不明である。曖昧なポジションだ。
たしかに、幻海師範に力のコントロールの仕方や、応用でちょっとした治癒の方法は習ったけれど、それだって必要最低限生きていくのに霊力が邪魔にならないようにという話だ。霊力が強いと、それだけで“魔の物”とやらが寄ってくるらしいから。
しかし幽助のここ最近の状態を見ていると、戦闘力が高いに越したことは無い。本人が乗り気とはいえ、形としては一応罪に対する罰として協力せざるを得ない状態の南野さんや飛影さんを除いたら、わたしなんかよりもお兄ちゃんのほうがよっぽど適任な気がする。

「俺じゃダメなんスか?」
「うーん、コエンマ様の判断だからねえ。ね、頼むよ、あたしを助けると思って!」
「ううん……」
「そんな危ねぇこと、にはさせらんねえよ」
「いやほら、ちゃんには今みたいに幽助を匿ったり、起きたらご飯食べさせてやるとかそういう簡単なサポートでいいからさ!」

やはり勧誘の意図が曖昧な気がする。そんなマネージャーみたいな理由ならお兄ちゃんだってこなせるはずだ。けれど、ぼたんさんにお願いをされると弱い。私は絶賛ぼたんさんとお近づきになりたいモードなのだ。ぼたんさんみたいな快活で可愛らしい裏表のない女の子を嫌いになれる女子はいません。

「わ、わかりました」

そういうわけで、非常に成り行きで霊界探偵のワトソンくんをやることになった。あるいはハドソンさんだ。うん、ポジション的にはそっちの方が近い気がする。当のホームズである幽助さんは相変わらず眠り続けている。なんだか欠席裁判のようだ。スタート地点から既に結論ありきで、話し合いでは事が覆らない感じも含めて。
ぼたんさんの口ぶり的にコエンマ様のゴリ押しがあったようだけれど、一体どういうつもりなんだろうか。


南野さんは夕方、私が筑前煮を作っている時にやってきた。ちなみにぼたんさんのリクエストだ。具材が多くて手間がかかるけど、ぼたんさんからの注文なら聞く以外の選択肢はない。

「はい、これよかったら。エクレア、平気?」
「あ、ありがとうございます……!好きです!」

盟王の制服姿の彼は、ケーキショップの袋をぽんと私に渡してくれた。気遣いのできる人だ。お母様のしつけもよかったのかもしれない。うっかり感動してしまった。

「あの、お夕飯召し上がっていかれます?」

南野さんは少しだけ嬉しそうに顔色を明るくした、気がする。でもそれもすぐにいつも通り平静の色に戻った。

「今日母が退院したばかりなので、オレが食事の用意をするんです」
「それは……大変ですね」

お母様が入院していたこともそのアフターケアも、そんな中戦いに行かなければいけなかったことも。それでもお兄ちゃんと
幽助を看に来てくれるのはありがたい。

「あ!じゃあおかず詰めましょうか?」
「えっ?」
「筑前煮と白和えと和風サラダ……あ、でも食事制限とかあるんですかね」
「そういうのはないけど……そこまでお世話になっていいんですか」
「もちろんですよ!」
「……ありがとう」

図々しかったな、と思ったけど南野さんは嬉しそうに笑ってくれたから言ってよかった。南野さんなら食事を作るくらいさらっとこなせそうだけどね。彼が幽助さんの様子を見ている間にさっさと仕上げてタッパーに詰めることにしよう。

「蔵馬、ご母堂の調子はどうだい?」
「かなりいいですよ。しばらくは静養してもらいますがね」
「そういえば、お前家事とかできるのかよ」
「なんとかこなしていますよ、あまり得意とはいえないんですが」
「意外だな……」

たしかに意外。謙遜だろうか。
掃除も洗濯も料理もなんだか得意そうだ。というか南野さんに出来ないことなんてあるのだろうか、顔もいいし盟王ってことは頭もいいし、なんとなく完璧超人な印象があるのだけれど。

ちゃんみたいになんでもはこなせないよ」
「まあー、ちゃんのご飯は美味しいからねぇ!」
「やっぱのメシはうめぇよな!」

料理しながら聞き流していたら、話の主題がこちらへと移ってきて大困惑だ。カレーくらい、誰にでも作れるだろうに。


「ただいま、母さん」

あまり家を空ける気分にもならず、30分ほどで桑原家から帰った。まだ温かさの残る料理を胸に。
桑原くんの妹の申し出は素直に嬉しかった。彼女の危険度が低い事はもうわかっているし、なによりちゃんは料理上手だ。
掃除ならば学校でもやっているし、洗濯は機械を動かして干せばいいからなんとなる。特に干して畳むのは元から母を手伝うことが多かったから慣れたものだ。どちらも母の入院中にもこなしていたし。
しかし料理はあまり経験が無い。魔界に居た時は味や調理に頓着したことは無いし、調理実習では女子がオレにやらせてくれなかった。いくら調理作業が理科の実験や薬の調合と似たところがあるといえど、1000年以上経験がないことなのだから、ろくなものは作れないだろう。
そんなわけで、母の入院中は惣菜やインスタントでかなり適当に食べていた。しかし病み上がりの母にそんな雑な食事はさせられないし、彼女を台所に立たせるなんてもっての外だ。
だから、ちゃんに用意してもらえたのは予想外の僥倖だ。

「お待たせ母さん、ご飯にするよ」
「悪いわねぇ……、学校もあったのに」
「実は、友達が作ってくれたんだよ」

詳しい説明が面倒なので“仲間の妹”という立場を友達の一単語にまとめる。母さんはなにか勘ぐったように、ふふ、といたずらっぽい笑みを浮かべた。

「友達って、女の子?」
「そうだけど?」
「そうなのねぇ……」
「……彼女とかじゃないから」
「はいはい」

これは絶対なにか勘違いされたぞ。