あなたにだけはナイショのことよ

「休校?」
「ってわけじゃないけど、実質そうだな。教師にも生徒にも被害に巻き込まれた人がいるし、驚いて欠席している生徒も多い。窓も割れまくってるし」

出席者の少ないクラスで、担任の先生はそう言った。
学校で大事件が起きたのだ。一般市民が錯乱して暴動を起こし、皿屋敷中に乗り込んできた。怪我人多数、学校設備物理的に破壊されている。事情聴取は行われているものの、加害者側に回った人間は皆一様に記憶がなく、そんな不安な状態だから欠席する生徒多数。ほぼ休校状態。
ということが、昨日の出来事の一般的な解釈。私はもう少し真相に近いことを知ってはいるが、それを先生に言っても「兄と違って真面目でおとなしい桑原」の印象が「兄とはまた違った方向でヤバい桑原」に変わるだけだからお口にチャックをしめておく。

!帰ろうぜ」
「あ、おにいちゃん」

そんなわけで、今日は事件の直後ということもあり朝のHRのあとは一斉下校となった。明日以降の対応は連絡網で回ってくるらしい。
律儀に登校してきた生徒はなるべく固まって帰るように指示を受ける。
私は迎えに来たお兄ちゃんと一緒に帰ることにした。

「幽助のかぁちゃんにはしばらくうちに泊まるってことにしといたから」
「そうだね。嘘ではないしね」
「おう…………」

なんだか今日のお兄ちゃんは無口というか、ちらちらとこちらを伺っているような雰囲気がある。昨日原因不明で倒れたりしたから心配しているのだろうか。今はピンピンしているから大丈夫なんだけど。

「……そ、それでよぉ。く、蔵馬が高校終わり次第うちに来るってよ」
「へえ、じゃあお夕飯いるのかな」
「さ、さあな」

先程から「蔵馬は盟王高校」だの「蔵馬は実は盗賊」だの南野さん情報を小出しにしてくる。しかも何故か毎回蔵馬さんの名前を呼ぶ時だけ声が上ずっている。なんというか、まるでなにか反応を探られているような気分だ。

「おや!桑原くんにちゃんじゃないかい!」
「ぼたんさん!」

遠くから女性に声をかけられたと思ったら、ぼたんさんだ。相変わらず明るくて可愛らしい。快活な美少女といった様は見ていてとても眩しい。モテるんだろうなあ、この人。

「ちょうど様子を見に行こうと思ってたんだよ!学校はもういいのかい?」
「ほぼ休校みたいな感じなんスよ」
「そうのかい、じゃあ今から幽助看に行ってもいいかい?」
「もちろん!」

ついでに、夕飯の買い物をして帰ることにする。今日のメニューはハンバーグだ。多めに作っておいて、余ったら冷凍しておけばいいし、ほぐせばミートソースにアレンジできる便利食材。

「ほー、ちゃんはいいお嫁さんになるねえ」
「あはは、そんなことないですよ」
「……っと、ところで、彼氏とかいたことあるのかい?」
「えっ?」

ぼたんさんに恋バナを振られるとは思わなかった。小学校の時の修学旅行以来だ。正直得意なジャンルの話ではないが、ぼたんさんとは仲良くしたいと思っている。ちょっとがんばってみよう。

「居ないし居たことないですよ、モテないので!」
「そ!そうなのかい?いやぁ…そうなんだねぇ」

私の返答を聞いて、ぼたんさんは焦っているようだった。ごまかすように乾いた笑いを立てている。なにか選択肢を間違えただろうか。「私モテないもん!」「ええー、そんなことないよ!ちゃん可愛いじゃん!」「えー!そんなことないよぉ」「高校になったら彼氏とか欲しいよねー」っていうのがこういう場合のテンプレート会話じゃないんだろうか。霊界案内人に女子中学生の会話テンポを求めるのは酷か。ていうか大して仲良くない相手に非モテアピールされても否定しづらくて困るだけか、反省……昨夜の飛影さんとのやりとりといい、最近距離感を測り間違えた失敗ばかりだ。

「じゃ、じゃああれだねえ!き、キス!とかも、まだなんだね」
「彼氏いないのにキスとかあるわけないじゃないですか!」
「そ、そうだよねえ……」

お兄ちゃんといいぼたんさんといい、今日はなんだか様子が変だ。私、彼らに何かしたのかなぁ。実は昨日気絶している間に、超変な寝言を言ったとか。


「うん、この調子なら明日か明後日には目が覚めそうだね」
「よかった!」

引き続きお兄ちゃんのベッドで眠る幽助の様子を見て、ぼたんさんは太鼓判を押した。仮死状態の時に一時期同じようにうちのベッドを貸していたから、我が家ではもう幽助が寝ていることはわりと当たり前になってしまっている。たまに帰ってくる父ですらなにも聞かない。放任主義の極みみたいだ。

「じゃあ、お昼作りますね。ラーメンでいいですか?」
「おう、頼む!」
「昨日から悪いねぇ!」
「いえ」

ぼたんさんの明るさとコミュ力は見ていてとても楽しい。このまま友達になれたら素敵だろうと思う。まずはそのために、この桑原持てる力を駆使して胃袋からつかむ!
そんな馬鹿みたいな野望を抱いているから、お兄ちゃんとぼたんさんのひそひそ話になんて耳を貸さなかったし、気付きもしなかった。

「あいつ、やっぱり記憶にないみたいスね」
「幸か不幸か……それでもファーストキスだったんだよねえ」
「兄の情けっす。男桑原、妹のためにもこの秘密は墓場まで!」
「わかった!わたしはそれを見届けるよ!霊界案内人としてね!」
「ガチの見届けじゃないっすか!」