拾った猫が鳴くもので

それでもそれなりに料理として成立したそれを胸に、南野さんはおうちに帰って行った。一人息子が初めて作った料理なんだから、お母様だって嬉しいはずだ。むしろ私なんか教えベタが手を出してしまって申し訳ない。

「おお……。蔵馬のヤツ、なんか意外だな」
「ほんとだよねえ」
「オレの方がうまいんじゃねェの?」
「それはそうかも」

いつもと違う仕上がりの料理を、それでもお兄ちゃんはきちんと食べてくれた。我が家においては私が主に料理担当、お姉ちゃんが洗濯担当、お兄ちゃんはそのほか雑用担当、つまり彼は結構器用かつオールマイティに家事をこなすのだ。私が1番ご飯時に時間をとれるので料理をするし、お姉ちゃんは服にこだわるので洗濯をする。向き不向きで多少増減するだけで子供3人の仕事量は結構平等だ。ちなみにここ連日お姉ちゃんもパパも外泊です。
片付けをお兄ちゃんに任せて、お部屋に戻ると電話の子機が鳴った。

「はい、桑原です」
『…ちゃん?南野です』
「っ、みなみのさんっ?」

耳元で響いたイイ声に思わず肩がびくりと跳ねた。え?なんで?ていうか電話番号知っていたのか。

「お、おにいたんに変わりますね?」

動揺で恥ずかしい感じに噛んだ。南野さんはそれに気付かなかったのか、それともスルーすることに決めたのか、「ちゃんにかけたんだよ」とおっしゃる。

「え、えっと?」
『大した用事じゃないんだけど……あ、時間大丈夫?』
「はい……」
『きょうのご飯、母さんすごく喜んでくれたんだ』

南野さんは、ものすごい喜色を喉にのせていた。電話越しでも、微笑む顔が目に浮かぶほどに。

『だから、ありがとう』

なんだか脳がとろけそうだった。頬がカッと熱くなる。あぶないあぶない、私が本当に13歳の女の子だったら好きになっていた。好きになってしまっていた。よかったー、前世から累計××歳で。
だってこんな素敵な人を好きになってしまったら、失恋確定だろう。現状以降の原作の流れを思い出せない(どうやら今から未来になるような原作知識はあまり思い出せないみたいなのだ。私の脳には時系列がふわふわした知識しか届かない。なんて無意味なんだろう)から、彼の未来がどうなるのかは知らないが、たしか彼は過去に初恋の女の子の恋心を消している。それが、どんな決心だったのかわたしにはわからないけれど、生半可な気持ちじゃないだろう。どういう手法をとって消したのかは思い出せないけど、自分の気持ちに蓋をするだけでなく相手の気持ちまで無かったことにしてしまうんだから。
だから、彼に恋をしたってまったく無駄なのだ。
本当、よかった。私が累計××歳で。……あんまりこのフレーズを繰り返すとお兄ちゃんお姉ちゃんに素直に甘えられなくなってくるのでここら辺にしておこう。

『───ちゃん……ちゃん?』
「あ、すみません、ちょっとぼーっとしてました!」
『……大丈夫?なにかおかしいと思ったら桑原くんかオレにすぐ言ってくれ』

アホみたいな思考の風呂敷を広げていたせいで心配させてしまった。私は先日倒れたばかりなので、気になるのだろう。

「は、はい、すみません」
『いや。……それで、母さんにキミのこと話したら、会いたいって言うんだ。今度時間がある時にうちに来てくれませんか?』
「ええ!勿論いいですよ!」
『よかった。要件はそれだけ、夜分にごめんね。』
「いえ、とんでもないです!」
『よかった。……じゃあ、おやすみなさい』
「お、おやすみなさい」

最後の夜の挨拶だけ、言葉の響きに引っ張られたのか急に低めに発せられたからまた胸が跳ねた。少しだけ擦れた声が耳をくすぐっていったのも心臓に悪い。なんか疲れたな、南野さんとの電話。子機を充電器に戻して、ベッドに寝転んで一息つく。

「……相手は蔵馬か?」
「そうなんですよ、なんかドキドキして疲れちゃった…………えっ!?」

がばりと起き上がると、夜風がめくったカーテンがふわりと視線を掠めた。薄い色のカーテンに引き立てられて、飛影さんはよりいっそう暗く黒く見えた。

「ひ、ひえーさん!?」
「…………」
「いつの間にいらしたんですかっ?」
「……腹が空いた」
「あ、ああ……ご飯食べに来たんですね」

それはいいんだけど、びっくりするから玄関から入って欲しい。


「………」
「……それ、蔵馬さんが作ったんですよ」
「!」

なんだか釈然としない顔で咀嚼する彼にそう言うと、箸を持つ手が止まった。早食いなところはあるけれど、この人意外と綺麗に箸を持つんだよね。誰に躾られたんだろう。
一瞬止まったものの、再び彼は口に料理を入れだした。

「……魔界、のご飯ってどんな感じですか?」
「主に人間だ」
「ええ……」

軽いノリで出した話題で大やけどである。でも質問に飛影さんが答えてくれたのは予想外に嬉しい。歩み寄りって大切だなぁ。

「人間を食わん種も多い。魔界は広すぎるから分布はわからん」
「へえー、人間を食べる種類って、人間からしか栄養がとれないんですか?」
「そういうものも居る。数ある食事から嗜好品として人間を選ぶヤツも多いがな」

嗜好品。人間でいうコーヒーとかスイーツとかか。つまり雑食系な種なのかもしれない。人間のみを栄養源とする種は、大雑把にいえば過激な肉食派?ちょっと違うか。

「人間は知性が高いから食う以外の用途もある。奴隷や愛玩動物なんかがな」
「う……」

なんだか知りたくない世界だ。人間同士でもありえることだから、妖怪だけを責められたことじゃないけれど。

「貴様のように霊力が高く見目が良い女はペット向きだな」
「そ、そうですか」

見目がいいというのはぎりぎり褒められているのかもしれない。前向きに捉えよう。ちょっとなんだか、色々ショックだけど……。

「……飛影さんは、なんでも食べれるタイプですか?」
「まぁな」
「妖怪の人でも、私のごはんって美味しいんですか?」

知らないことがどんどん出てくるので、つい質問攻めしてしまった。とりあえず、食人タイプじゃなくて本当に良かった。
妖怪と人間は味覚が違うかもしれない。でも飛影さん、わざわざ食べに来てくれるということは少なくとも不味くはない、のだと思いたい。

「魔界にはこんな凝った料理はない」
「じゃあ何食べてたんですか?」
「肉をさばいて焼く」

なんだか想像ついてきたぞ、火を燃やしてそこに捌いたジビエを焼べる感じか、味付けなしで。魔界は野性的な食文化が主らしい。

「えっと、いつでも食べに来てくださいね」
「…………」

飛影さんは付け合せまで綺麗に食べてくれた。嬉しいなぁ。料理人冥利に尽きる。
食器を片付けている間に帰ってしまうかと思った飛影さんは、しかしリビングの隅に座ったままだった。相変わらず猫にじゃれつかれている。

「なにか飲まれます?」
「いや……」

飛影さんはコトリとビデオテープをテーブルの上に置いた。

「ん?これ、どうしたんですか?」
「霊界からの指令だ」
「お兄ちゃん、呼んで来ましょうか?」
「必要ない。……これを観る機械を貸せ」
「いいですけど、私も見ていいですか?」
「………なぜだ」
「あ、わたし霊界探偵の助手になったので!」

飛影さんは「お前が…?」と、しばらく冷ややかな目で私を見たが、やはり内容が気になるのかビデオテープを押し付けてきた。
デッキに入れて再生すると、赤ちゃんが喋っていた。これが、このお方がコエンマ様が。ベイビーフェイスにも程がある。

『今回の任務は、ひとりの少女を救出することだ』


ビデオは驚きの内容だった。人間に囚われ利用される妖怪の女の子(ちょうど食事の時の内容と立場が逆の話だ)が居て、そのうえその美少女は飛影さんの妹さんだなんて。

「雪菜……」

ぼそりと飛影さんが彼女の名をつぶやく。その瞳はぎらりと鋭いく恐ろしい。思わず後ずさってしまった。飛影さんにまとわりついていた猫達も慌てて飛び退いて毛を逆立てる。これは、殺気だ。本物の殺気。

「…………今見た事は、他言するなよ」

殺気立ったままそうすごむので、私は首を立てに振るしかない。自分に当てられているわけではないのに、恐ろしくて立ち上がれなかった。