カレーなる食卓

「あ、よろしければみなさん、ご飯食べていかれませんか?」

薬湯のせいで顔を青くした桑原くんをのんびりと見守ってから、彼の妹である桑原はそう言って微笑んだ。
玄関で出迎えられた時は微かに違和感を感じた。飛影もその一瞬で警戒することに決めたようだが、今は戸惑いの方が強そうだ。それもそのはず、やはり何度気配をたぐってもただ霊力の強い普通の少女だ。

「いいのかい?いやー、悪いねえ」
「いえ!もともと多めに作ってますから。カレーとか平気ですか?」
「すみません、ではお言葉に甘えさせていただきます」

ぼたんさんが受け入れたので、それに付き合うことにする。たしかに、薬湯を作っていた時にキッチンにカレーの香りがする大きな寸胴があった。そして薬湯の風下からその寸胴がそっと離されたことも記憶している。結構しっかりしているようだ。

幽助除いた人数分、飛影の分まできっちりと半熟玉子を用意する彼女をぼたんと二人で手伝い、カレーを盛り付けてリビングに運ぶ。
大皿に盛られた唐揚げはかなりの量がある。元々何人分を想定して作っていたのだろうか。

「お兄ちゃんが舎弟をつれてきたりすることが多いので。余ったらお姉ちゃんやお父さんのお弁当になりますし」
「なるほど」

桑原家の胃袋は彼女の担当らしい。皿屋敷中のセーラー服の上から着られたエプロンもよく似合っている。

「できた妹さんだねえ!」
「は、はぁ。どうも」

ぼたんに誉められて困ったような表情になりおろおろと目をそらす様は、ますます桑原くんの妹とは思えないほど内気でおとなしく見えた。

食卓にカレーが並ぶと、猫に餌をやっていた桑原くんは嬉しそうに顔をほころばせた。食欲があるならもう大丈夫だろう。
桑原は遠巻きに座る飛影をおどおどを見ながら、彼の前にカレーの皿を置く。飛影は一瞥してふいと顔をそらした。

「彼のことは気にしないでください」

俺の言葉に彼女は納得はせずとも一応頷いた。飛影のことだからまだ警戒を解いていないのだろう。俺だってまだ完全には彼女のことを信用していない。最初の小さな違和感を忘れるわけにはいかない。とはいえ、カレーに妙なことをしたそぶりもなく全員分同じように用意していたし、初対面の相手に対する戸惑いや警戒はあれど敵意は感じない。あきらかに弱そうだし、もし敵意を向けられても勝てる自身がある。ほとんど無害と言っていいだろう。

「いただきます」

手を合わせる桑原兄妹にあわせて合掌をする。と桑原くんがカレーに口をつけたのを見てからスプーンを手に取った。

「かー!うめぇ!沁みるぜ!」
「ほんと、美味しいねぇ」

桑原くんとぼたんという素直な2人に賞賛されて、は口元をもにもにと揺らした。照れているらしい。確かにカレーは美味しかった。唐揚げと玉子がついているというボリューム感も、精神はともかく身体は育ち盛りの南野秀一である自分には嬉しい。

「ほんとう、美味しいですね」
「あ、ありがとうございます」

今度は、目尻を和らげ薄く微笑んだ。素直に可愛らしいと思える笑顔だった。どうにかぼたんや自分には慣れてきたらしい。飛影はともかくとして、案内人であるぼたんは人と打ち解けるのが上手いし、自分もそれなりに人付き合いできる質だ。

「そういえば、自己紹介をしていませんでしたね。俺は南野秀一。盟王高校の1年です」
「皿屋敷中1年の桑原です…。……あれ、あの、くらまって言うのは」
「それは妖怪としての俺の名前です。気にしないで、南野秀一で覚えてください」
「は、はい、南野さん」
「あちらに居るのが飛影。彼も妖怪です」
「ひえいさん、ですね」

飛影の名を復唱する。それから南野さん、飛影さん、ぼたんさん、と確認するようにもう1巡呼びながら、彼女は何故か不可解そうな、喉に小骨がひっかかっているような顔をしていた。