漸く君は気がついたのさ

今日はなんだか頭がいたくて、授業が終わるとすぐに学校から帰った。
直帰である。ノーリターンという意味での直帰である。
それでも生活力のない家族のためにご飯は作らなければいけないし、家に帰って少し休んだら落ち着いたのでエプロンをつけてキッチンにたつ。今日は簡単に、カレーでいいかな。

しばらくするとどやどやと玄関が騒がしくなった。兄が舎弟を連れて帰ってきたのかもしれない。多めにつくっておいてよかった。カレーの火を消して様子を見に玄関へいくとちょうどインターフォンが鳴ったので、無警戒に開ける。はーい、お待たせー、お兄ちゃ

「ンんっ!?」
「えっ」
「………………」

上から私、見たことないロン毛のイケメン、兄の声である。
そう、そこにいたのはお兄ちゃんだけではなかった。男の人が四人、うち二人はお兄ちゃんと浦飯先輩。
しかしお兄ちゃんは上半身裸にぼろぼろの姿でぐったりしているし、浦飯先輩は意識がないようだ。それぞれロン毛のイケメンと、目付きの悪い黒い少年に背負われている。イケメンと黒い少年は私を見留めるとすこし驚いたように目を見開いた。
しかしこの二人、特に黒い少年、なんだか見覚えがある気がする。

「お、おにいちゃん、なにがあったの!?」
「うう……、情けねぇ兄ちゃんですまねえ」
「すみません、事情はあとで話しますから、彼らを休ませてもらえませんか」
「は、はい……」

気というか生命パワーというか、所謂霊気というやつか、幻海師匠に以前習ったそういうものが、兄と浦飯先輩からとても微量にしか感じられないというのはわかった。それとはまた別に、イケメンと黒い人からは霊気ではないものを感じるということも。
よくわからない気を発する涼やかな声のイケメンは、混乱に混乱を重ねる兄妹を制して微笑む。

「とりあえず、兄の部屋に……」

浦飯先輩を兄のベッドに寝かし、意識のあるお兄ちゃんはとりあえずリビングのソファに寝てもらう。
とりあえず話がわかりそうなイケメンに向けて口を開くと、イケメンはクロスカウンターで私に問いかけた。言いかけた言葉が喉につまる。

「すみません、キッチンをお借りしてもいいですか」
「っ、あ、は、はい」

さっきからこのイケメンに場を制されている。ずっと彼のターン。
それでもお茶くらいは出したいし、邪魔にならないように冷蔵庫からアイスティーを取りだして準備をしながらふと覗きこむと、彼はホーローの鍋で“なにか”を煮ていた。なにかって、なんだろうと聞かれたら困るけどとにかくどろどろとしたなにかだ。深いグリーンに紫の渦が描かれている。ぷすり、と泡が跳ねて青っぽい異臭が少し広がる。
私はそっと換気扇を回した。

「あ、あの、お茶、ここにおいておきますね」
「ああ。ありがとうございます」

微笑むイケメンに笑顔を返しながらそっとカレーの鍋を避難させた。非日常と胡散臭さでイケメンにときめく暇もない。

リビングにもどると、いつのまにか青い髪をした女の子が増えていた。

「あー!あんた、桑原クンの妹さんだね!?」
「え、あ、あなた、累中との時にいた……」
「あぁよかった、心配してたんだよ!あのときは災難だったねえ」
「は、はい」
「桑原クンは大丈夫、ゆっくり休めば回復するよ!幽助も、あたしが診といたから一週間もせずに回復するはず」

体を起こせるまでに回復した兄を見やる。アイスティーをテーブルにおくと、手を伸ばして自分で飲んだ。大丈夫そうだ。

「えっと、どうぞ」

自分の分のアイスティーをお客様である青い髪の女の子に譲り、離れて座る黒い人にも薦める。
黒い人はちろりとこちらを見ただけでアイスティーには手を伸ばさなかった。その足元では猫がたむろしている。悪人というわけではないのかもしれない。

「ごめんよ、桑原クンがこうなったのは私達のせいなんだ」
「あの、このあいだの、霊界探偵とかいうのの?」
「そーだ、あのとき居たもんね……。あたしはぼたん、霊界の者だよ」
「えっと、桑原です。お兄ちゃんの妹です」
「……霊界っていっても、おどろかないんだねえ」
「幻海師範のところで、そういう話も少しだけお聞きしました」

ほんとうに少しだけ、触りだけだ。人間界と霊界と魔界があって、霊界には死んだ人が行き、魔界は妖怪がすんでいる。

「っん、てことは、イケ……あの、髪の長い人とそこの、黒い人は……」
「そう、彼らは魔界に属する妖怪さ」

なるほど、だから知らない気配がしたのか。
私の実力だと、きちんと意識しなければ霊気や妖気は読めない。兄と浦飯先輩はぐったりしているから意図的に気を読むことで霊気の減少に気づけた。イケメンさんと黒い人はその流れでついでに読んでしまったのだ。それがなければ気づけなかっただろう。

「あれが妖気なんですね……」

霊気とはかなり違った。間違えようのないくらい、具体的にいうとハヤシライスとカレーライスくらい違った。蕎麦とうどんくらいかもしれない。なんだろう、我ながらだんだんわからなくなってきた……。
試しに黒い人の気を読んでみる。それから、少し回復した兄の気を。やはり明確に違う。

ちゃんのほうが、桑原くんより力が強いんだね」

いつのまにかリビングに来ていたイケメンさんが、やはり素敵に微笑む。しかしその言葉を返事はできなかった。その手に握られたマグカップのせいで。

「あ、すみません。お借りしました」
「い、いえ、いいですけど……」

マグカップなんていくら貸してもいい。問題はその中身だ。
どろどろとしていて、混ざりきらない紫と緑。耐えられないほどではないが近づきたくない異臭。まさしく先程彼がキッチンで煮込んでいた物だ。マグカップに入っているということは、つまり。

「桑原くん、飲んでください」
「ゲェエ〜〜!!?なんじゃこの見るからに毒です!ってやつはよぉ!?」
「オレが煎じた薬湯ですよ。霊力の回復に効果があります」

マグカップを渡されたお兄ちゃんは真っ青な顔で震えている。たしかにあんなもの絶対飲みたくない。

「ほ、ほら、俺飯まだだしよぉ!食後でいいんじゃねえか!?」
「いえ、食前に飲んでください」

それに食後だと、すべて吐いてしまいますよ。
にっこりと彼は微笑んだ。顔だけは本当に美しい。イケメンのみに許されるロン毛も似合っている。
すがるような顔で私を見てくるお兄ちゃんに、仕方ないなぁと呆れつつも同情心が溢れてくる。

「が、がんばって!夕ご飯はカレーだよ!」
「っ……」
「しかも温玉と唐揚げトッピング!!」
「っウオオオオ!!!!」

まずーい!もう一杯!!というテンションで彼は飲みあげた。そしてだァん!と力強く机にマグカップを叩きつける。お気に入りのマグだから壊れそうでびっくりした。

「いやぁー、桑ちゃんいい飲みっぷりだねえ」

ぼたんさんの感想は非常に呑気で可愛かった。