死んで花実が咲くものか
兄が喧嘩禁止令でぼこぼこにされながらテストで50点以上をとったり、累ヶ淵中のやつらに殴り込みにいったと思ったらなんの怪我もなく妙にご機嫌で帰ってきたりと、なんだかんだで忙しい日々が続いた。気が紛れたのか、前のように元気になった兄を見ているとわたしも嬉しい。
そんな兄が――
「、お前か姉貴の服貸してくれ」
「おじゃまします……」
「っ、お、お兄ちゃんが、女の子を連れてきた……!!」
近所の火事に慌てて駆けつけていった兄が、ぼろぼろの女の子と意識の無い男の子を連れて帰ってきた。火事の被害者なんだろう、女の子は髪の毛が焼けてしまって痛ましい。
「こんにちは、あの、わたし桑原くんの同級生の雪村螢子っていいます」
「あ、そ、そうなんですね、火事、大変でしたね」
男の子は一先ず兄のベッドに寝かせ、雪村先輩にはシャワーを浴びてもらってその間に姉の服を用意する。
というか、この男の子はもしかして……
「浦飯だよ」
「ええー!?し、死んだんじゃ……」
「イロイロあって寝てるだけみてぇだ。家はあんなことになったし、しばらくウチに置いとくからな」
「う、うん……」
とっくに火葬したのかと思った。植物状態という奴だろうか、腐ってない以上確かに生きてるみたいだ。
お姉ちゃんは雪村先輩の散髪道具を用意しながら特有のアンニュイな笑みを浮かべる。
「可愛いコじゃん、あんたのカノジョ?」
「ちげーよ、浦飯のツレだよ!!」
「雪村先輩って二年のマドンナの雪村先輩かぁ、ほんときれいだなぁ」
才色兼備で優しい雪村先輩の話は一年にまで届いている。たしかに浦飯先輩のカノジョだという噂があった。なるほど、浦飯先輩もよくみればかっこいいし、お似合いかもしれない。
「あの、お風呂ありがとうございました……」
シャワーで煤をおとした先輩が、ぴょっこりと顔を出す。姉は大きな鏡を持ってきてそこに雪村先輩を座らせた。
「あの、桑原くんの、お姉さんと妹さんですか?」
「うん、あの馬鹿に似てないでしょ?」
「あはは、えっと、ちゃんは一年なんだよね?」
「はい!」
「そっかぁ、学校でもよろしくね」
姉の手腕でぼろぼろの髪をかわいいショートヘアに切り揃えられ、にこにこと笑う先輩はとてもチャーミングだ。
「よかったら螢子って呼んでね」
「け、けーこ先輩!」
先輩はいらないよ、とやはり女神の笑みで先輩は言う。螢子さん、と呼び直すと「はーい!」と返事をしてくれた。浦飯先輩、こんな可愛いカノジョを置いていくなんて……いや、実際は生きているけれども。
ご飯の誘いを断って螢子さんはもう帰ってしまうらしい。おうちが定食屋さんだというのだ、今度絶対行こう。
「じゃあ、ちゃん。また学校でね!」
「はい!」
そういって兄に送られひらりと夜道に消えた彼女の背中に、兄とは違うもう一人の男の姿が見えた、気がした。
「…………ねえ、いま、見えた?」
「ん、居たね」
思わず姉と顔を見合わせる。姉もわたしも霊感があるから、わりと見えるとこがあるのだ。二人して二次成長のあたりで霊感がさらに強まったので幻海師匠という方に相談にいったり“力”の抑えかたを教わったりもしている。
でもあの、不良っぽい、いかいも気合い入った感じの幽霊は――
「浦飯先輩、だったよね」
「よっぽどカノジョが心配みたいね」
優しい彼氏でいいなぁ。
私も彼氏がほしい、制服デートとかしたい。そんな煩悩をのんびりと抱いている私は、だから気づかなかった。
遠くから私を見つめる、幼児姿の男の存在に。
「珍しいうさぎがおるではないか……」
コエンマが、そう一人ごちていることに。