07

さん、そろそろ起きてください」

ルクさんの優しい、しかし有無を言わさぬ声かけで私は目覚めた。なんだかとても近いところから聞こえた気がする。

さん」
「ぅ、うう……ん?」

ぱちり、と重いまぶたをこじあけると、目の前にはグレーがひろがった。ちょうど、ルクさんがパジャマにしている服のような。そしてルクさんみたいな匂いも鼻に触れたし、ルクさん……かどうかは知らないけど、人肌の温かさに包まれている感覚。

「……は、え!?」
「おはようございます」

慌てて起き上がると、まだ寝転んでいるルクさんが見上げてきた。夜空を見上げるシンジ君をみつめるカヲルくん並の穏やかかつこちら見守る視線だ。新劇のやつね。

「……覚えてないんですか?」

その穏やかな顔も、あまりにも呆然としている私を見て少し翳る。覚えてないって、なにが。
イケメンを(多分)悲しませている罪悪感で、錆び付いた脳がガリガリと動き出す。

「あ、ああ」

そうだそうだ、一緒に寝ようって昨日言ったんだった。覚えてないっていうのは、そのことだ。決して昨夜私と彼の間に何かしらのアダルトなことが起こった訳では無い。その証拠に、服もベッドも乱れてないし身体に異常もない。なにより昨夜の記憶ははっきりしている。

「覚えてるよ。よく寝たー」

ルクさんはあからさまにほっとした顔をした。不安にさせてごめん、とぎゅっと抱きしめたい気分だ。さっきまで抱きすくめられてたのは私だけど。あ、なんで昨日すぐ寝ちゃったんだろう、もっとシチュエーションを味わうべきだった気がする。まぁいいか、今日も一緒に寝るんだし。
……え?今日はシラフで一緒に寝るの?私正気を保てるかな。
私がしっかり起きたのを確認して、彼はいつものようにコーヒーをいれるためにキッチンに立った。ガツンと熱いやつ頼みます。
そうして朝の支度をしている間に美味しい朝食が食卓に並んでいた。温め直した昨夜のスープに、ホットサンドとヨーグルトとコーヒー。文明と栄養を感じる。

「今日はお仕事は?」
「1日あります、夕ご飯よろしく」
「はい」

短期とはいえとりあえず週末からの仕事が決まったからか、ルクさんは先日よりも少し明るくなったようだった。よかったよかった。立場上とれる手段が少なかっただけで、仕事にさえありつければなんとかなりそうな安心感と安定感がある。百円均一で売ってたら“ザ・無能”とカテゴライズされてそうな私とは大違いだ。

「ルクさん、最近は日中はなにしてるの?」

ルクさんに家の鍵を預けるシステムはまだ続いている。Wi-Fi環境下でしか連絡が取れないので、少し窮屈かもしれないがその方法が一番楽なのだ。バイトが始まったらまた考えないといけないな、私の退勤時間よりルクさんの出勤時間のほうがはやいし、そうなると私がバイト先まで鍵を取りに行くことになるのだろうか。合鍵作ろうかな。

「図書館に行ったり、街を歩いたりですね。暇ですし」

あー、まぁ暇だよね…。図書館のカードを貸しておいてよかった。たしかに、たまに綺麗にブックフィルムを貼られた本を「これ、借りました」と見せてくれることがある。名義を貸しているからなんだろうけど、律儀なものだ。

「街は何か面白いのある?」
「楽しいですよ。流行を推測したり、並木道を歩いたり。川べりで犬を散歩させているおじさんとお話するんです」

お金のかからない楽しみ方をしてくれているようでなによりである。しかし、こんな片田舎をこんなに洗練された雰囲気を持つハンサムな人が歩いていたら目立つだろうな。都市伝説とかになりそう。妖怪美男子鬼太郎。それくらいの雰囲気が彼にはある。

「かわいいよね、犬」
「そうですね。自分飼ってるので」
「え、ほんと!」

似合う、でっかい感じのゴージャスな犬も似合うし超小型犬もとても似合う。わりと甘やかしてそう。

「でも大丈夫なの?置いてきちゃったんだよね」
「ええ……秘書が気づいてくれるでしょうが」
「秘書……」

いるんだぁ、秘書。それも似合うな。ルクさんは弱そうだからややマッチョ系のブルネットの男性秘書とかどうだろうか、ちょっと強そうな感じの。そしていよいよ目の前の妖怪美男子鬼太郎が何者かわからなくなってきた。なんの仕事してたんだろうな。

「あ、恋人さんとかが合鍵持ってるなら大丈夫だね」
「恋人は居ませんよ」
「居ないんだぁー……意外」
「ああ、でも兄と姉は居ます」
「末っ子?」
「はい」
「ぽい!末っ子っぽい!」

お兄ちゃんだけでなくお姉ちゃんもいるのもかなり“らしい”。女兄弟居そうだもん。

「全員義理ですけど」
「そ、そう」

彼はなんか、全ての要素に突っ込みづらいなぁ。色々と突っ込んで聞き辛い。
でもこれだけ自分のパーソナリティを喋ってくれるなんて、結構仲良くなってきたのかな。

さんは、恋人はいらっしゃらないんですか?」
「居たら貴方を拾ってないよ」
「なるほど」

なんだかわかってて聞いてそうだな、この人。

「ではしばらくは自分が彼氏ってことで我慢してください」
「そうだね、むしろこっちからよろしくお願いしますだよ」