05

「似合う!!」
「ほんとう、見込み通りだ……」

白いポロシャツに、濃紺のスラックス。その上からデニム生地のエプロンをつけた、清潔感がありつつもカジュアルな出で立ち。ビールフェスの売り子のユニフォームは、ルクさんにとてもよく似合っている。人探しの依頼人である知人も予想以上の出来にいたく感激している。

「しかし、お前いつの間に彼氏作ったんだよ。しかも外国人の」
「う、うぅん……」

曖昧な返事になってしまった。彼氏という発言は彼の勘違いというわけではない。私が自ら騙したのだから。彼に、ルクさんを恋人だと言って紹介したのだ。口裏は昨夜のうちに合わせておいた。提案してきたのはルクさんだ。

『関係性を聞かれたら困ると思うんですよ』
なるほどたしかに。ルクセンブルク人と私がどこでどう知り合いそのうえ同居するというのか。私という人間を知っている人であればあるほど疑問を抱くだろう。
『たしかに、突然外国の人と同居してるとか、マスターびっくりだよね!』
マスターとは件のアルバイトを探していた知人のことである。街で酒屋を営むおじさんだ。気のいい人だがビール腹が災いしてか、それとも豪快すぎる性格のせいなのか、わりといい年して独身である。
さんが嫌でなければ、提案があるのですが』
そんな前置きで提案されたのが、恋人設定である。たしかに付き合いがそう長くない異性と同居する理由としてはそんな思い切った設定の方が逆に健全と言える。
『私に彼氏がいるっていうこと自体の衝撃でカモフラージュされて、ルクさんの身元に対しての不信感までは気付かれないかもしれないね!!』
自分で言ってて虚しかった。
それでも一応細かい設定もきちんと作った。ルクさんは日本好きすぎて移住してきたデイトレーダーで、私と“運命的な恋”(ここは笑うところ。これもひとえにルクさん自体よりも私の恋人という部分に注目してもらうためのものだ)に落ちて、同棲することになった。空いている時間は日本について勉強するためにぜひ働きたい。以上、全てルクさん発案の設定である。
『いいけど、デイトレーダーとかもしつっこまれたとき大丈夫?』
『ええ、これでも一応詳しいので』
この人どこまでもスマートだなぁ。というわけで回想終わり。

「日本語もうめぇし、文句ナシだ!」
「ありがとうございます。頑張ります」
ルクさんは生来の物腰穏やかで落ち着いた雰囲気で、すぐにマスターにも気に入られたようだ。彼にはどこにでも溶け込めるような落ち着いた雰囲気がある。

「じゃあ今日は軽く説明だけするな」
「はい」
「じゃー、マスター。私生ビール」
「年頃の娘が昼間っから飲むなよ!」

とかいいつつも、マスターはビールサーバーから注いでくれた。この酒屋は先代の時はただ売るだけだったのだが、マスターが引き継いでからお客さんの要望で店内にちょっとしたテーブル席が用意され、やがて外にも立ち飲みスペースが出来、お酒とおつまみ(持ち込み可)を買えばその場でちょっと呑めるようになっている。ビールフェスタはただマスターと常連が勝手にそう呼んでるだけのイベント名であり、本来は商店街の夏のイベント『サマーバザール』の一環で、路肩にそれぞれが屋台を出して神様不在のお祭りのようになる名物イベントだ。近場の肉屋さんが揚げたての唐揚げとコロッケを出店するので、酒屋の前はいつも以上に賑わうのだ。

「お酒だけ飲むと身体に悪いですよ」
マスターに渡されて生ビールを持ってきたルクさんが食い気味に手を伸ばそうとした私を制す。なるほど、それもそうか。
「じゃあマスター、なんか出してください」
「そこのコンビニで買ったからあげくん」
「じゃあそれ」
「350円な」
「高くない!?」
しかも食べかけを出された。おもてなしの心とかってないのだろうか。


「どうだった?」
私が1杯飲み終わるまでのあいだにルクさんはひと通りの仕事内容を聞かされていた。その間にもお客さんはやってきたが、ルクさんはそつなく対応していた。接客大の苦手な私からしたら尊敬しかない。
「マスター、いい方ですね」
「でしょう?気のいい人なんだよねー」
食べかけのからあげ出されたけどね、と言うとルクさんはとても楽しそう「はは」と声を出して笑った。この人が歯を見せて笑うのはレアだ。そうとう楽しかったらしい。
さん、お酒はお強いんですか?」
「んー、普通。きのう寝不足だから今日は酔いやすいし」

今日が休みだからと油断してだらだら深夜番組観たりと夜ふかししていたのが悪かったのだ。ルクさんもつきあってくれてそこそこ起きていたけど、彼は平気そうだ。体力が違うのかもしれない。ちなみに寝床問題は依然先延ばしにされている。今は交代で床とベッドに寝ている。その疲れも溜まってきた。

「あー、ルクさん」
「や、なんでしょう?」
「今日一緒に寝ない?」

ドサッ。マスターが手土産に持たせてくれた缶ビールとおつまみ向け缶詰がアスファルトに転がった。ルクさんの手が滑ったみたい。瓶ビールじゃなくてよかった。

「酔ってます?」
「酔ってないですよ」

多少ほろ酔い特有のふわふわ感はあるけれどまだまだ素面だ。ビールを拾おうとしゃがむと高低差ですこしめまいがしたけど。ふらつく私をルクさんが肩を抱いて支えた。いやほんと、酔ってないってば。

「床で寝るのそろそろきついでしょ?」
「いえ、なんなら毎日自分が床でいいですから!」
「やー、それはきついって。お布団は次のお給料まで待って?なんなら知り合いに借りれないか頼むから」
「…………」

すこしシェイクされてしまったビールを持ち直し、また歩み出す。ルクさんは気遣わしげにゆっくりと歩いてくれた。そんな介護みたいにしなくたっていいじゃない。はたからみたらそんなに酩酊して見えるのだろうか?自覚的には口調も思考もしっかりしてるけど。

「……酔ってますよね」

疑問ではなく断定で言われた。自分でもわからなくなってきたなぁ、もしかしたら酔ってるのかもしれない。

「酔っててもいいや。わたし記憶は残るタイプだし。ね、酔っぱらいのわがままだと思ってさ」

ルクさんはたっぷりと、家に帰りつくまで返事を考えていた。そうして漸く、夕飯のために冷蔵庫を開けた私の背中に答えた。

「では、よろしく、お願いします」