03

翌朝、もそもそと起き出すとルクさんはもうばっちり目が覚めていた。
起き抜けの、女としてどうしようもない私を見て「おはようございます」と爽やかに笑う。

「はよ、ございます………」

低血圧の身体を引きずってのろのろと洗面所にもつれ込み、顔を洗う。
最低限の身だしなみをどうにか整え、着替えをとりにリビングへ戻り、ついでにルクさんの服とアイロンを引っ付かんで彼に押し付けた。彼の服はきちんとアイロンをかけなければきまらないだろう。一言も告げずとも彼はなにをすべきか把握して頷いた。

「アイロン台」

といってアイロン台がわりにしてる座布団を渡してもなにも動じず受けとり、文句も言わず使い出す。見上げたやつだ。
鍋に火をかけてお湯をわかす間に洗面所で着替え、戻ってくると彼はもうしっかりと着替えていた。恐恐しながらおしゃれ着洗いで洗った服は特に色落ちも変形もせずに、シワは伸ばされぴしりと決まっている。なんて仕事が早いのだろう。ようやく覚めてきた頭で感心する。

「ごめんね、朝弱くて」
「や、とんでもない。なにか手伝いましょうか」

朝食はごくごく簡単に目玉焼きとごはんと味噌汁だ。朝は食べないから普段通りに作ったが、彼がそれで足りるかは知らない。多人種の成人(恐らく)男性の平均食事量なんてわかるものか。
どんな和食文化にも動じずに黙々と嚥下していく彼は、インスタントコーヒーを飲む時だけは少し変な顔をした。自慢じゃないが、私はコーヒーを入れるのがとても下手なのだ。
それでも口に流し込む彼はやはり見上げた男である。

「ごちそうさまです」

2人で手を合わせてから片付ける。つけっぱなしのテレビを耳に、手は食器を片付ける。カレンダーを確認して、遅番であることをチェックする。

「私今日午後から出勤だから、午前中は買い物に行こう」
「買い物、ですか」
「下着とかパジャマとか。安いのしか買えないけど、無いよりいいでしょ?」
「あなたに頼りきりになってしまいますね……」
「出世払いでいいよ」

どこまで軽口を叩けるかの手始めに対して、彼は「そうですね」と笑った。これくらいは許されるようだ。この先はひとりチキンレースである。お店が開き出すまでの時間つぶしに再びまずいコーヒーを入れようとすると、彼は「昨夜の日本茶がまた飲みたいです」と言った。チキンレース、はやくも負けである。

彼はじっとテレビを見ながら、私はスマホをいじりながらのリラックスタイム。ルクさんは不思議なほど違和感なく我が家に馴染んだ。あんなにハンサムで、背が高く、なんとも言えぬオーラを醸し出しているのに。
もしかしたら、当然あるはずの生活習慣や文化の差を、彼が表に出さないからかもしれない。
彼はいったい何者で、どこから来たのだろう。


「とりあえず、これくらいでいいかな」

ファストファッションのお店で私服になるものを3日分、下着は念のため4日分買い込んだ。それから、歯ブラシや髭剃りなんかの生活必需品。そこそこ手痛い出費だが仕方ない。
ルクさんはやはり、特段町並みに物珍しさを感じたり、文化的差異を感じていない風でごくごく普段通りという感じに私のあとをついて買い物をした。異世界の外国に居るというのに、すごい肝の座りようである。

「お昼はなんにする?リクエストがないなら家で適当に作るけど」
「それでかまいません」
「じゃー、トマト缶があるし、帰ってパスタにしようか」

玉ねぎがもう無かった気がするので、スーパーに寄って買うことにする。庶民派スーパーにおいてカマーベスト姿の外国人男性はとても目立った。サンプリングのおばさんが焼肉の試食を執拗に押し付けている。

「夜は牛丼にしようか」

お察しのとおり私の料理のレパートリーは丼物とパスタに特化している。簡単で食べやすくて洗い物が少ない。現代人の味方だ。ルクさんも異論は無いようで、私は試食の爪楊枝をビニールに捨てるその手でめったに食卓に上がらない牛肉を買い物かごに入れた。

「自分も作っていいですか、明日とか」
「ごはん?ぜひお願いします」

彼の料理の腕は知らないが、なんとなく任せても大丈夫そうな安心感がある。それに明日は朝から出勤だし、もともと昼ごはんの面倒くらい自分で見てもらうつもりだった。夜も作ってくれるのであれば万々歳だ。

レジでお金を払う間、手持ち無沙汰になったルクさんがフリーの求人ペーパーを見ていた。身分証の無いであろう彼も働ける場所は載っているのだろうか。いざとなれば、自爆覚悟で私の職場に頼み込んでみようか。

「バイト見つかるといいね」
「そうですね、自分でも働けるようなところがあればいいですか」

でもあんまりアンダーグラウンドな危ないことはしないでほしいな。