花と君の話

「花言葉?」
「うん、魔界植物にもそういうのあるんだって。知ってた?」
「いえ、寡聞にして知りませんね」


 素直にそう言えばは少し得意げにふふ、と笑った。曰く、煙鬼について行った魔界僻地の少数民族の集落で見聞きしたという。魔界は広いからそういう文化もありえるだろう。僻地と言っても“中央の手が及ぶ中では”という話だし、未開の地とのギリギリ境といった所だ。その外にはさらに未知の文化が広がっているだろう。
 蔵馬としては出来ればそんなところへ行ってほしくはなかったが、本人が望んで向かうのであれば何も言えない。の自主性を尊重することがどれだけ大事か、いい加減身にしみてわかっている。その点についてはわりと痛い目を見てきた。大抵鴉がそばにいるから滅多なことにはならないだろうが、鴉が居るからこそ危険ということも有り得るのが頭の痛いところだ。


「それで、人間界のイベントごとや風習とかも結構こっちに輸入されて馴染んできたし、こういうのもとりまとめて広めてみるのもいいのかなって」
「文化振興に余念が無いですね」
「そう。それでわかる範囲で調べて来たんです。でも聞いただけじゃわからないお花があって」


 そう言って大統領府の使い走りはいい加減ボロボロになってきたメモを取り出す。ハードカバーのくたびれ具合から、そういえば彼女もそれなりに魔界では激務なんだよな、と思い出す。めんどくさがりなのに、困ったことに根が頑張り屋さんなのだ。添えたボールペンはいつだか蔵馬があげたもの、の2代目だ。初代は魔界の森で落としてしまったらしく、そこまでかと言うほど落ち込んでいたのを見兼ねてプレゼントし直したのだ。こんなものでよければいくらでもあげるのに、いつもは大袈裟に喜ぶ。


「どれ」
「えっとね、こう……白い花なんだけど」


 パンジーに似た形の白い花弁に、独特の青い模様が広がる大きな花。メモには案外達者なスケッチが描かれている。の美術の成績は5段階中で4だ。上手ではないけど真面目によく観察して丁寧に取り組めましたね、という所感。


「ああ、メザカリ草」
「めざ……?」
「メザカリ草。ほら、これですよね」


 種があったな、と手のひらに取り出して妖気を流す。栄養をぐんぐんとすったそれはしゃんとした紫の茎を伸ばし大きな白い花をつけた。


「そう、これ!」
「果実の汁が目に入ると盲目になるという」
「こわっ!? そんな怖い花だったんですか!?」
「ちなみに花言葉は?」
「……“あなたしか見えない”」
「はは、なんにも見えなくなっちゃいますね」
「笑い事じゃないです!」


 差し上げますよと渡せば、彼女は渋々ながら受け取った。花だけならば青白くて綺麗なのだ。それをテーブルの端におっかなびっくりと置く様は面白い。果実だって言っただろうに。


「ほかには?」
「えっと、火山花……」
「ああ、いまの時期は咲いてないからね」
「花言葉は、“美しさ”」


 たしかにその言葉にふさわしく、強い赤色をした美しい花である。特徴的な花弁を持つそれを手のひらの上で生やすとは感嘆の声を上げた。


「きれい!」
「いつ見ても見事な赤い花ですね」
「うわあ、こんなに綺麗なんだから、美しさって言葉もつきますよね」


 そう言って、徐に白い手が伸びてきたので慌てて花を遠ざける。腰ごとひねって腕を伸ばしたので、がめいっぱい腕を伸ばしても届かない位置。彼女は不思議そうにぱちくりと瞬きをして首をかしげた。


「気をつけてください、花粉が肌に触れると爛れるので」
「なんで!?」
「そういう毒ですよ。煎じて他の薬草と混ぜれば水虫治療に使えますが」
「もー、魔界植物すぐ毒持つ」
「環境ですよ、環境。生息地の妖怪は耐性を持っていることも多いです。毒にも薬にもなるものも多いですし」
「ふうん。今度外様に行く時は蔵馬さんにも来てもらおうかなぁ」
「オレの事、歩く植物図鑑と思ってません?」
「でも蔵馬さんに聞くのが1番わかりやすいし、信頼できますから」
「それはなにより」


 出来れば図鑑じゃなくて、ボディガードとして付き添いたいけれど。


「でも実際問題、毒性の強い植物だと扱うのが難しいんじゃないですか?」
「ううん、たしかに。純粋な観賞用じゃないと市場流通しづらいですよね……」
「ええ。種族も様々ですから、思わぬところで毒性が出ることも」
「じゃあ魔界版花言葉を流通させてフラワーギフト産業を発展させるのは難しいかぁ……」


 そんな目論見があったのか。


「そもそも花言葉って言っても、誰かが勝手に言い出したことなんですし。安全で繁殖力の強い植物に適当な言葉をでっち上げてしまえばいいんじゃないですか?」
「なるほど、蔵馬さんさすが! ペテン師!」
「やだなぁ褒めないでください」
「明確に褒めてない!」