ケーキと君の話
(空耳番外/未来設定・ギャグ/付き合ってる蔵馬×桑原妹)
「おじゃまします」
「いらっしゃい、久しぶりだね」
テスト期間がやっと終わり、今日は約束していたおうちデートの日だった。無事目標点数に到達できた私への、蔵馬さんからの御褒美だった。
ちなみに点数が低ければ“おしおき”とやらをされていたところだ。蔵馬さんのおしおき、考えるだけで恐ろしい。電話で点数を報告した時にすこし残念そうだったのはなぜだろう。
「適当に座って、お茶を入れてくるから」
「は……うん!」
恋人なのだからと敬語禁止令が出て以降は敬語を使うだけでも「次使ったらおしおきですよ」なんて言われるのだ。どれだけ私にお仕置きたいのだろう。「は」という間のぬけた音が出たのも「はい」と返事しそうになって慌てて喉で「ん」の声を止めたからだ。勿論気づいている蔵馬さんはにっこりと笑う。
ほんとうに、なにをするつもりなんだ彼は。
「あ、そうだ。これ!」
ごまかすつもりで手にしていた白い箱を掲げる。おちついたピンクのロゴタイプが載ったそれは、おいしいと評判のケーキ屋さんのものである。雑誌で見て以来ずっと食べてみたかったので、この機会にせっかくだからと買ってきたのだ。
蔵馬さんはきょとんと目を見開いて、少し困った顔をした。
「蔵馬さん?」
「いえ、なんでもないですよ……ただ、被ってしまったな……」
「被って……え!まさか!」
「ちゃん、食べてみたそうだったから……」
確かにこのパティスリーが載っていた雑誌を蔵馬さんの前で読んだが、その時は彼も彼で読書をしていたのだ。読みたかったというミステリーの新刊を。
だというのに、なぜ私がその記事に釘付けだったことに気づいたのだろうか。まったく不思議だ。──まったく、照れる不思議だ。
「わあ奇遇!オソロだね!」
浮かれた私に蔵馬さんは優しく微笑む。だって、それだけ彼が私を見ていたという証左なのだ。そして、テスト明けの御褒美ときて買ってきてくれたのだから。嬉しくもなる。私を想ってケーキを買う蔵馬さん。想像するだけで小躍りしそうだ。
「じゃあ、食べ比べしよ?」
「そうだね。持ってくるよ」
蔵馬さんは紅茶とともに、予想通り同じロゴの入った箱を持ってきた。
私は持参した箱に手をかけて、いざ御覧じろと開く。
「じゃーん」
中にあるのは、見た目の可愛さで選んだサン・セバスチャンだ。断面の市松模様が綺麗で、つやつやとしたチョコレートでコーティングされている。店員さんも甘さ控えめだと言っていたので、大人な蔵馬さんにもちょうどいいと思ったのだ。
しかし蔵馬さんはその美しいケーキを見て、再び虚をつかれたような顔をした。
「えっ」
まさか。つぶやく私に苦笑して、蔵馬さんも箱を開ける。中に鎮座していたのは、同じく石畳のような切り口が美しいケーキだった。
「キミ的には“オソロ”って言うのかな」
奇しくも揃った合計六つのケーキ(お互い留守とはいえ志保利ママの分を忘れたりはしないのだ)に罪はない。勿論気を使ったが故にド被りしてしまった私たちにも。
しかし六個揃ったケーキは質量としてはもはや半ホールである。
「オレ達、気が合うみたいだ」
蔵馬さんはそのうち一つをつぷりとフォークで掬い、私に向けてにっこりと笑った。反射的にぱくりと咥える。濃厚なチョコレートを堪能してから、漸く羞恥が襲ってきた。恥ずかしさのと食い意地の汚さで2重に頬が赤くなる。そのうえ蔵馬さんがそのフォークでぱくりとひとくちケーキを食べたのだから私の羞恥心は大混乱だ。
「な、なにして……」
「ごめん、フォーク1本忘れた」
「絶対嘘!」
忘れないでしょう、普通。この人意図的にフォーク1本しか持ってこなかったな。邪推であろうと、心がそう確信した。ていうかこんなのもうお仕置きみたいなものだ。
「美味しいね、このケーキ」
なんて済ました顔で彼はいう。たしかにケーキは美味しいけれど、このシチュエーションは美味しいを通り越している。
「……嫌だった?」
なんて、戦慄く私に古狐は少し寂しそうに言う。そういうところか、この人のそういうところが──!!
「す、すき!です!」
「オレも、キミのそういうところが好きだよ」
いろんな感情に処理落ちした脳は最終的に、めったに言わない一番素直な感情を吐き出した。世界の中心で愛を叫んだ兎を狐はさらりとあしらいトドメを刺した。
どういうところなのかまったくわからないけど、蔵馬さんがいてケーキが美味しくて好きって言ってもらえたのでそんな些細な事は全部吹っ飛ばすことにする。
ケーキは二人で3つ食べた。