二人で逃げる夜

(連載設定/付き合ってる/海賊)




魔界との垣根が無くなった今、たくさんの妖怪が人間界に住み着いている。彼らはひっそりと、妖怪としての己を隠し、人間に擬態して日々を生きている。そんな彼らが唯一元の姿でも違和感を持たれずに過ごせる、それがハロウィンの夜だった。
「ハロウィンパーティー、いい感じだね」
「そうですね、みんな楽しそうだ」
私や幽助、それにいつものメンバーは随分と奔走したものだ。企画、会場やケータリングの手配、設営。夏の肝試し大会以降地味に進めていたイベントである。霊界王子の出資もあったおかげで大きな会場を借りることが出来た。出入り自由、招待状は妖怪にしか配らなかったけど、人間が紛れ込んでてもそれはそれであり。明るく楽しければOK、そんな会である。
実行委員である私も蔵馬さんもハメを外して楽しむことまでは出来ないが、ドレスコードで食事を摘む余裕くらいならあった。
「花子ちゃん、よく似合ってるよ!」
「蔵馬さんも!」
音楽と狂乱でざわつく人混みの中、大きな声を出しながら会話する。私は定番の魔女、蔵馬さんは海賊だ。深い赤みがかった長髪とすらりと伸びる背丈に、中世風の衣装がよく似合っている。最初は狐にすれば?なんて言ったけど普通に睨まれた。しかしどう転んでも賊成分が抜けないのはなんでだろう。
「ローストビーフ、美味しい!」
「しかしうるさいな!」
「部屋に戻る!?」


控え室を用意するのは実行委員の特権である。BGMの低音がドンドンと響いては来るが、会場よりも幾分かマシだった。ローストビーフとマッシュポテトに夢中だった私は、今日初めて人混みにもみくちゃにされていない蔵馬さんを見据えた。
「ふう、なんか耳が痛いな」
「喉も…」
私が料理を、蔵馬さんが飲み物を持ってきたのでお互い交換する。私の手元にはピンクゴールドの液体が入ったグラスが届いた。
「お酒?」
「ジュースですよ」
「よかった」
1口喉を潤すと、ジンジャーエールとアップルの香りがする。蔵馬さんは赤紫の液体を飲んでいる。
「お酒?」
「しそジュースです」
「渋い」
まぁ、お互い体は未成年であるわけだし。健全健全。
「でもそうしてると、海賊が葡萄酒呑んでるみたい」
ワイルドなイメージは蔵馬さんに合わないと思っていたけれど、彼は素材がいいのでなんでも着こなすみたいだ。何気なく組まれた長い足はロングブーツに包まれ、知らない色気を醸し出していた。
「キミはいかにも魔女の女の子って感じだ」
「そう?魔法学校いけそう?何寮かなあ」
「グリフィンドール……いやレイブンクローかな」
「その心は?」
「オレは多分レイブンクローだから」
お揃いがいいってことかな。でも蔵馬さん、グリフィンドールも行けそうだしスリザリンも似合う。ハッフルパフだけは無いかな。幽助とお兄ちゃんはグリフィンドール、飛影はスリザリンな気がする。
「でも実際は、私は魔女であなたは海賊」
「そうみたいだね、このザマだと」
手袋を外し、チキンのマーマレード煮を食べながら蔵馬さんは笑う。もうその姿だと何を食べても海賊の晩餐になるから不思議だ。
「そういえばちゃんはなんで魔女に?」
「お姉ちゃんが用意してくれたの、蔵馬さんはなんで海?」
「キミを攫えると思ったからね」
「ぶはっ」
指についたマーマレードを舐めながら蔵馬さんが笑うから、炭酸ジュースが変なところに入って吹いてしまった。しばらく咳き込む私に彼は楽しそうに声をあげて笑う。この人ほんとにシラフですか?
「じょ、じょーだんっ」
「冗談じゃあないよ。最近準備準備で忙しかっただろ。ちょっと抜けたって許されるはずだ」
「そ、そうだけど、実行委員は…」
「幽助もコエンマも居るんだ、なんとかなるだろ」
「で、でも」
しかし蔵馬さんは口答えする私の唇を人差し指で閉じさせた。唇に、ほのかにマーマレードが香る。海の賊は昔取った杵柄か、にやりとそれらしく笑った。
「攫われる人間は口答えなんてしないもんだぜ」