02
(JCと)
突然ですが私は神様です。
童守町の一番新しい神話。1000年生きた生娘の死にたての魂を使った、人々に祀られる土地神様。といっても家となる神社はなく、鵺野先生が用意してくれた小学校裏の小さな祠が家なのです。祠っていうかようはあれですよあれ。百葉箱。あれもあれでちゃんと必要な機能があった気がするのですが、そんなのはとっぱらって今では校長先生ですら毎日お供え物をしてくれます。いいのかなぁ。
そんな場所がマイホームなので寝泊まり? なにそれ? っていう住宅事情です。一応これでも神様なので寝れないことはないのですが、人間だった頃の名残が強いので安眠とは行きません。大体夜の校舎の保健室とかで寝てます。でもあの学校はほら、いろんなものが蔓延っててなかなかデンジャーなので困りますね。いい寝床募集中です。
……神様なのでほんとは睡眠とかいらないんですけどね。
日中は大体散歩をしています。暇じゃないですよ見回りです。こうして人の営みを見守っていると神としての自覚や責務をひしひしと感じます。私にとっては皆が愛しい童守の子等。例えさっきから嫌がる女の子に2人がかりでひたすら絡みまくってる不良どもでもね。
「ってちょっと待ったー! それはよくないです!」
「あん? なんだこの女」
「んだよテメェ」
不良ふたりは囲んでいた女の子──童守中のセーラーを着た女の子から目を離し、私の方に向き直る。綺麗な子だ。まだあどけないが愛らしい顔立ち。艷めく緑の黒髪に意思の強そうな大きな瞳。形のいい眉毛がしつこい男達に苛立ったようにつり上がっている。
「嫌がってるじゃないですか、離してあげてください!」
「じゃあテメェが代わりに相手してくれんのかよ」
「そういうことじゃなくてですね! 女性を無理やり連れていくのは──」
──っと、またお節介なお説教をしそうになりました。童守小の子達は私が神様だと知った上であしらってくれるのですが、この子達は私が神とは知らないので、ただのよくわからん変な女認定されてしまう…。
しかし彼らの興味は完全に私に向いています。こちらに向き直った男二人の背後でまだ戸惑った顔をしている女子中学生と目が合いました。いまのうちに逃げなさい。そんな思いを込めてこくりと頷きました。女の子もまたなにやら決意した顔でこくりと返してくれます。よかった、これで一応第一目標は守られて……──あれぇ!? なんか女の子が大きくスクールバッグを振り上げたよ!?
「てぃやー!!!」
「ぐっ!?」
「ってぇ!?」
「あれ〜!? そっちぃ!?」
女の子は振り上げたバッグを横殴りで男に叩きつけた。男は不意の衝撃によろめき、その隣にいたもう1人の男を巻き添えにして倒れ込む。
「ぼさっとしてないで! 行くよ!」
「あ、あれ!?」
私の手を引いた少女はセーラー服を翻して走り出す。結構な健脚。振り向いた遠くによろよろと不良たちが立ち上がるのが見える。そのまま角をいくつか曲がって繁華街に出たところで、女の子はやっと私の手を離した。
「あんたなんなの!? 何しに来たの!?」
「あ、いえ、わたしは助けようとですね」
「ちょー迷惑! 誰が助けて欲しいって言ったわけ!?」
「ご、ごめんな、さい?」
あれ? わたしなんで謝ってるんですかね? 善行をしたつもりなのに……。
女の子はつんとそっぽを向いて胸を張る。気の強い子だ。意地っ張りともいいますけど。こんな若い頃から丸かったらすぐにすり減っちゃいますから、これくらいが素敵です。
「まったく、あれくらいひとりで何とかできたっての」
「はい、それはごめんなさい」
「…………別に。いいけどさ」
女の子は腕を組んでじっと私を見据えます。真っ直ぐに目を見られるとちょっとたじろいじゃいますね。悪いことをしてるわけじゃないのに、責められてる気分。
その時、ふいに二人の間に影が横切りました。不良たちではありません。もっと軽くて不確かなものです。具体的に言うと狐でした。飛んできた管狐はひょろりと女の子の周りを旋回してからスクールバッグに飛び込みました。きっと中に筒があるんですね。
私と女の子は無言のまま、その軌跡を目で辿りました。会話が途切れることを天使が通ると言いますが、今回は狐が通りました。それ以前に私、神なんですけどね!
「……あんた、もしかして霊能力者?」
「はい?」
だから、霊能力者じゃなくて神様なんですけど。使う力も霊力じゃなくて神通力。オカルティックなことは共通してますが結構違いがあるんですよ。霊力も使えなくはないですけど、メインウェポンじゃないので威力は劣ります。
そこまで考えてははぁと唸る。私にも彼女にも管狐が見えていた。管狐のマスターである彼女は霊能力者、じゃあ同じく見えていた私も霊能力者だと考えるのは当然だ。うん、この子もよく見ればそこそこの使い手。鵺野先生には遥かに劣るけど、そのうちいい術師になるでしょう。将来有望です。
可愛い霊能力者に敬意を払い、勘違いを正そうとこほんとひとつ咳払いをして胸を張る。この女の子ほど堂にいった張り方はできなかったけれど。
「いいえ娘さん。私は神です」
「……………………………ハァア?」
たっぷり溜めてからのこの反応。いやあ、ほんと将来有望な子ですね。