01

(童守小のみなさんと)



さん! さんだー!」
「おやみなさん、お久しぶりです」


 今日も今日とて散歩……こほん。見回り中の私を見つけた小学生達は楽しそうにぴょこぴょこ追いかけてきます。うん、可愛い。この土地の神様になって早1年程。随分とこの土地にも馴染んできたものです。


さん! 俺達これから商店街のガラポン引くんだけどさ!」
「神通力でバーンと当てちゃってよ! 10万円分の商品券!」
「君たちそれが目当てか……」


 現金な子達は、10万円分の商品券を山分けする夢想を随分と楽しそうに巡らせている。ストッパーであるはずの響子ちゃんすら目を輝かせているのだから始末に負えない。


「あのですね、そういうことはちゃあんと本尊に参って、正式な手順を踏んで願ってくれないと……」
「えー! ケチ!」
さんを一番深く信仰してるのは私たちなんだから、たまにはいいじゃなーい」
「し、信仰というものを根本的に勘違いしている……」


 頭が痛くなる思いです。まったく。
 しかしこの子達のお世話になっているのも事実。心情的には手を貸してあげたいのはやまやまなんですが、神様という立場上そういうこともできません。バランスが崩れちゃいますからね。いえ、神様だからこそそんなこと気にしないという方も神在月の集会で大量に見てきたのですが、私は新参者だし童守町は霊的バランスめちゃくちゃですし、あんまり目立ちたくない。控えめな神様なのよね、私って。


「とにかく、そういうズルはいけません。そもそも信仰というものはですね……」
「ちぇっ、またさんの説教始まったぜ」
「まったく真面目で堅物なんだから……」
「そんなんだから処女のまま死んだんだぜ」
「わたしは処女神なんです!!」


 まぁ私の場合純潔は必ずしも神通力に関係しないのですが。神としての規格がそういうのとは違いますからね。それにしても的確に人の心を抉ってくる。最近の小学生5年生は恐ろしい。


「行こ行こ、そんな駄女神様ほっとこーぜ」
「あーあ、なんかがっかりー」
「可愛い子供たちのお願い一つ聞けねぇなんてなぁ」
「あ、ちょ、ちょっと君たち待ちなさい! こらー、駄目って言うな〜!」


 ふいと背中を向けて行ってしまうずる賢い広くんたちをついつい追いかけて、私はえっちらおっちら商店街へと足を運ぶ。置いてかないでよ寂しいじゃないですか!


「おお、商店街のほうは久しぶりに来ましたが、こんな風になってたんですね」
さん土地神のくせに世間知らずだよな……」
「このあたりは割合安定しているので来る必要が無いんですよ」
「いっつもふらふらしてると思ったら、ちゃんと仕事してたのね……」
「当たり前ですよ神様なんですから! ……まぁ、ちょっと鵺野先生に任せきりのところはありますが」


 童守町は霊的に乱れているけど、その分強い霊能力者が沢山いるからなんとかなるんです。鵺野先生を筆頭にね。げんこつ屋のおばあさんや玉藻さんも力になってくれるし、和尚さんは……うん、悪い人じゃないし。その他にもたくさんの霊能力者の平和への願いと無辜への愛で保たれているのが童守町の平穏です。素晴らしい、これぞ人間賛歌。
 決して私がダメな神様とかそういうわけでは…。うん、第一鵺野先生は頼りになるけど、御本人が原因というマッチポンプ的な事件も相当あるのでノーカンです。


「あれぬ〜べ〜じゃない?」


 美樹ちゃんが指さす方向を見れば、よく見知った男の人が
「へ? あらまぁ、ほんと…………なにしてるのあの人」


 我らが──いや、彼らが先生、鵺野先生は商店街の1角、イベント用のテントの前で何やら手を合わせている。顔は真剣そのもので、太い眉毛がぴくりとつり上がり、唇はぶつぶつと唱える。これは、祈祷……?


「キエエエエイ!!!」


 あまりの気迫とその声に背筋が震える。この街を守る霊能教師はいつもは優しい腕を強く突き出して──ガラポンの取っ手を掴んだ。


「はーい、参加賞ティッシュでーす」
「くぅぅぅ……! オレの十万ぇーん!!」


 立て続けに3回回して、三つとも白。最下位の残念賞、ポケットティッシュを掴んで鵺野先生は泣き崩れる。


「うわあ……」
「万年金欠ですねえ、鵺野先生…」
「なんとかしてやれよさん。あれそのうちティッシュ食い出すぜ……」


 教師といえば子供たちの模範であるはずなのに…。いえ、過度に職業倫理を求めるのは一種の差別ですかねえ。しかし最低限の尊厳というものもありますし。いやもう、基本的には立派な志を持つ素敵な先生なだけに残念です。


「ぬ、鵺野先生……大丈夫ですか?」
「ハッ! !」


 跪いて泣く成人男性を、道行く人たちは避けて歩く。その一種の結界に割って入ってぽんとくたびれたシャツを叩けば、鵺野先生は顔を上げた。
 私の姿を認めるとぱぁっと顔を明るくして、強い両手でがっしりと両腕を掴まれる。離しはしないと言うように。


「お願い! その神通力でガラポンの特等を当ててくれ〜!!」
「あなたもですか!?」


 ……この教師にしてなんとやら。