我が愛しのカプリコーン

(未来設定/くっついてる)



 好きな人を甘やかしたいというのは人間の本能に違いない。母性というものをあまり信じていないけど、慈愛というものはきっと存在する。自分の出来うる限りを持って相手に安寧を捧げたいという気持ちが私の中には確かにあって、子供の頃はそれを探偵業という形で昇華して、今は人生の伴侶としてライフワークにしている。愛が重いとはよく言われるが、ひとまず自覚はあるのでおかまいなく。
 けれど、文磨さんと来たら私への期待値が意外と低い。曰く「探偵として一生分助けてもらったから」だとか「いてくれるだけで充分快いから」だとか、そういう甘っちょろい耳障りのいいことで私を喜ばせてくれるわけである。  正直、私だって文磨さんがいてくれるだけて充分だし……。けど、彼のそんな無欲で素敵な愛の言葉を物足りなく感じるのも事実。わがまま言われたい、甘えられたい。火鼠の衣もってこい系の無理難題言われたい。けどそんなこと言ってしまえばむしろ文磨さんを困らせてしまうし、それでは誰のための行為なのかわからない。
 そんなわけでどうにも消化しづらいわりと自家撞着系のフラストレーションを貯めていたから、連勤徹夜明けの文磨さんがどこか緊張した面持ちで「お願いがあるんやけど…」としずしず話し出したとき、私は待ってましたと言わんばかりに居住まいを正した。


「その、笑わんで聞いてほしいんやけど……」
「はい、笑いません!」
「…………やっぱええです」
「なんで!?」
「あんさんこういう時絶対約束破るやないですか!」
「私なんでそんな信用失墜してるんですか!? 笑いませんよ私はあなたのパートナーですよ!」
「因果関係成立してへんやないですか」
「たとえ貴方にどんなお願いをされようと受け入れる覚悟があるということです。学生服でコスプレえっちしてほしいだとか、これからは語尾に“ニャ”をつけて喋ってほしいとか、そういうお願いをされようとも」
「なんで助平なやつばっかなんや……」
「え? だって文磨さんロリコンじゃないですか」
「違います! あんさんにそれ言わるのだけは耐えられへんわ!」
「わかってますとも。好きになったのがたまたま女子高生(当時)だったんですよね」
「ああ、事実やのに認めづらい……。ちゃんと成人するまで待ったでしょう……」
「待ったというかなんというか。さ、お願いをどうぞ言ってください。今日から“お兄ちゃん”って呼べばいいんですか?」
「そういう嗜好に理解を示すのやめてください、生々しいやないですか」


 文磨さんはしばらくあーとかうーとか唸って、言おうかどうかじっくり迷った。潔さがない。そういうとこも好きだけど。
 ようやく意を決したように私に向き直り、彼は背筋を伸ばした。私も自然と緊張して彼を見上げる。「その…」と歯切れの悪い言葉を浮かべて、それから観念したように“願い”を告げる。


「膝枕を、して欲しいんです」


 …………いやごめん、笑っちゃっても仕方なく無い?


「笑わへん言うたのに……」
「ごめんごめん。だって大真面目にいうから……」
「罵倒覚悟やったんですが……」
「私が文麿さんに酷いこと言うわけないじゃないですか……」
「酷いことはたった今されましたけどね」
「拗ねないでー」


 拗ねてえんです。と、いいつつ彼は不貞腐れて寝返りを打った。一頻り私に笑われるのと引き換えにご要望どおり膝の上に乗った頭は、まだ居心地悪そうに自分の収まる場所を探している。柔らかい髪を撫でてやれば、心地良さそうに瞳を細めた。懐いた猫みたい。


「耳掃除もしてあげましょうか?」
「……今日はええです……」


 後日ご所望ですか。かまいませんとも。
 ようやく落ち着いたらしい文麿さんを撫で撫で、可愛い年上夫の最近のスケジュールを思い浮かべる。事件事件で忙しかったと思ったらたまの休みに親戚関係の用事、それからまた事件。それがやぁっと解決しての今日だ。なるほどこれは文磨さんかなり疲れてるな。その間えっちなことも全然できなければ、なんなら私より先に起きて私より後に寝る逆関白宣言状態だ。失脚させた覚えはないのに。まぁ摂関政治体制をとった覚えもそもそもないけど。
 気持ちとしては私も付き合って早寝遅起きしてあげたかったが、こちらも仕事があるのでそうはいかず、顔を合わせない日も何度かあった。とても寂しかった。こういう時結婚してて良かったと思う。そうじゃなきゃもっとすれ違っていたはずだ。


「どうですか? 私の膝枕」
「……ん……きもちええ…」


 リラックスして少し眠気が出てきたのか、どこか間延びした低い声。ただ膝に頭を乗っけてるだけなのにそれで充分らしい。特別いい足だとか触り心地がいいだとか、そういうわけじゃないのに。
 そう言えば、文磨さんはやたらと足を触りたがる、気がする。
 例えば隣に座ってくつろいでいる時、不意に大きな手のひらが太ももに置かれることがある。情事の時、彼の腰に足を絡めるとそれはそれは嬉しそうな顔をする。
 シアーストッキングを履くと「今日のは薄いんやねぇ」なんて目ざとく見つけたりもする。デニールという概念すら知らない人なのに。


「…………え、文麿さん脚フェチなんですか?」
「………………」
「寝たふりやめてください、眼球運動でわかるので」
「……別に、フェチとかそういう変態はんのやつやおまへん」
「フェチって最近はわりとカジュアルに使いますけどねぇ。……え? ほんとに脚お好きなんですか?」
「……わざわざ聞かんでください」


 言外に肯定されてしまえば、ずるずると記憶から心当たりが引きずり出される。ストッキングを破りたがる時もあれば、わざわざ丁寧に脱がす時もあった。1度足に口付けられたこともあった気がする。あの時は丹念に指の間まで舐められ唇でやわく触れられて、背徳感と擽ったさで泣いてしまった。あれもこれもそれもぜーんぶ文磨さんの性的指向の発露。おっぱい星人の男の人はよく聞くけれど、まさかうちの夫に限って脚にハマってるなんて。


「いや、別に脚ならなんでもええわけでは」
「ちょっと待って、もっと細かいおこだわりがあるんですか?」
「ちゃいます。……ただ、あんさんの脚はやわくて小そぉてかわええなぁと……」
「えっ」
「むかぁしは鍛えたりもしてはったやろ? ほんでマッサージとかよくしはるし、白くて触り心地がええし……こう、な?」
「いや、なっ?って言われましても。ちょっとよくわかんないです」
「すべすべしてええ匂いするし……あー、もっとはよう膝枕頼んどったらよかったわ」
「……ごめんなさい、ちょっと引いたので罵倒してもいいですか?」
「膝枕されながらやったら何言うてもかまへんよ」
「潔いと開き直りは違いますよ」


 男らしいといえば男らしいけど。
 下から見上げてくるおでこをぱちんと小さく叩くと、大して痛くないくせに「あいた」なんて声が上がる。


「なんで足なんですか? もしかして昔私のおっぱいどれだけ押し付けられてもうんともすんとも言わなかったのはそういう理由?」
「わざとやったんですか。迷惑でした」
「ひどくない?」
「あんなん指摘してもせんでもセクハラなりそうやし。逆セクハラやないですか」
「いや、“警部いつ怒るかなー”って思いながら」
「悪質な嫌がらせやないか」