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(おじゃる警部とJK探偵)
(京都弁がわからない)
──日本一の山は富士山だね、じゃあ日本二位の山はなにかわかるかね? ……そう、二番では意味が無いのだよ。
なんて詭弁を宣う教師がこの世にはごまんといるけれど、なぜそこまで己の浅学をひけらかすことが出来るのかまったく不思議である。そうでなくてもこの例えは使われすぎて手垢まみれで、いい加減世の学生は北岳のことを覚えてしまっている。更に言えば、登頂難易度は北岳の方が高いという声まであるのだ。この話から学べる教訓はせいぜい、繰り返されれば人は望まざろうと学習してしまうという根源的な事実だ。学習の基本は反復なのだから。継続が力なのは世の中の真理。
人はよく「関西2位の高校生探偵で悔しくないのか」と私に問うが、別に私は1位を求めている訳では無い。日々の努力を継続していたらたまたま関西トップレベルの高校生探偵になってしまい、たまたまその上に服部平次くんが居たと言うだけの話だ。そもそも高校生探偵という狭いくくりで順位をつけようという発想がナンセンスだし、服部くんのことは人として探偵として尊敬している。事件解決数を人と競う気もない。そんなことを争い出せば、東の工藤新一くんだとか無所属白馬探くんとかには私も服部くんも遠く及ばない。彼らにはせいぜい高校生探偵の星としてバリバリ頑張っていただきたい。私は私で自分のやりたいことをやるだけだ。
「それで、その“やりたいこと”言うんが私とこうしてお茶するいうことですか」
「ええ、ダメですか? 嬉しいなぁ綾小路警部とデート」
「人聞きの悪いこと言うんは堪忍しとくれやす。貴女が“事件解決したらパフェ奢れ”言うから付き合ってるさかいに」
宇治抹茶わらびパフェ980円をスマホに収める私を呆れた瞳であしらって、綾小路警部はコーヒーを口にする。見るだけで胸焼けと言ったふうだ。アラサー、色々胃に来る時期である。
そんな彼の胃もたれの一因が、日々降り積もっていく事件事件そして事件。私は持ち前のささやかな能力でそれを端から切り捨てては警部のところへ犬のように駆け寄る毎日だ。地位も名誉も関西2位の高校生探偵の座もいらないから、私は綾小路警部に褒めて欲しい。ただそれだけのために邁進して、ありがたいことにそこそこ実績を残してきた。最初こそ子供が事件現場をうろちょろすることに難色を示していた綾小路警部も今ではプライドを捨てて連絡をくれるほどだ。この人は懐にさえ入りこんでしまえばとことん甘いのがいい所でもあり悪いところでもある。お坊ちゃん育ちだから根がおっとりさんなのだ。
ぼやぼやしていたら上に乗っかった抹茶アイス溶けてしまうので、私は手を合わせてパフェスプーンを取る。細長い。今回の凶器の刃渡りと同じくらいだ。
「いただきます!」
「たんと食べぇ」
警部はつんとつり上がった目を穏やかに細めて、スイーツを貪る女子高生を見つめる。召し上がります? スプーンを向ければ首を横に振られた。とてもつれない。
「美味しいです!」
「はんは何食べてもそう言いはりますなぁ」
「警部が傍に居てくださるなら何食べても美味しいですよ」
「そら結構なことで」
私の何百回目かのラブコールをふわりと交わして、警部は取り留めのない雑談に相槌を打つ。異性であり、世代も職種も生活レベルも違って、私と警部には共通の話題と言うものがほとんど無い。話すことは差し支えない範囲での事件の話と、捜査の話だ。今回は夫婦の痴情のもつれの殺人事件。人情沙汰が刃傷沙汰になる悲しい話である。
「悲しいですねぇ。愛し合っていたのに、気持ちが通じあわなくなって……結局あんなことなるなんて」
「人付き合いは難しいですからなぁ。はんも、彼氏とは拗れんよう気ぃつけはり」
「彼氏なんていませんよ」
「……居ったら土曜の昼間っから私とお茶しませんわな」
「綾小路警部がなってくださるなら、いつでも大歓迎ですが」
「やめときましょ。相性がええとは思えませんわ」
「あれ? 真面目に考えてくださったんですか? 嬉しいです」
「…………」
我ながら愛嬌たっぷりの笑顔を作れば、警部は少しだけ眉をしかめて何も言わずにコーヒーを啜る。元々眉が薄くて人相がよろしくないので、そんな表情をされれば必要以上に険しく見えてドキドキする。性格はほんとに柔和な人なのに。
「冗談ですよ警部。まずは交換日記から、ってね」
「交換日記もやりまへん。はん、こんなおじさんからかわんともっと年頃の男と遊び」
「えー、じゃあ私がぽっと出のイケメンと遊び歩いていいんですか? 街で声はよくかけられるので」
「…………私に相談してからにしんさい」
そういう情に厚くて面倒見がいいところがとーってもつけ込みやすいし大好きなんですけど、そこのところわかってます? 素直にそう思ったので、そのまま最後だけ口にする。「警部のそういうところ、大好きですよ」。継続は力なりと言うけれど、しかし彼は私の何百回目かのラブコールを再びスルーした。