愛猫表現

(ユリオ✕勝生妹/未来設定/ロシアで同棲してる)
(ついろぐ/猫耳ランジェリーの話)




の様子がおかしいのは薄々気づいていた。こいつが挙動不審でへんちくりんで予測不可能なのはいつものことだけれど、今日この時、風呂上がりにただただ惰性で点けているクソつまんねぇドラマを二人で見ている今に限っては、普段よりも殊更妙だった。
「おい、チビ」
「は、はい!?なんでしょう!?」
「……いや、なんで敬語なんだよ」
びくりと肩を跳ねさせる女はこれでも両家公認の恋人であるしオレよりも年上だ。普段はそれを笠に着て姉貴風吹かせてやがるのに今日はそういう気分ではないらしい。その代わりに、しおしおと背中を丸めて伺うようにこちらを見ている。まだしも彼女の膝を陣取る猫の方が堂々としているほどだ。
「えっと、怒ってる?」
「ハァ?怒ってねーよブス」
「聞き方変えるね、いまって機嫌いい?」
「ハァア!?」
機嫌なんて現在進行形で急降下中だ。当然それを感じ取ったは少し俯く。洗いたての髪からは女物のシャンプーの匂いがして、ムカつきとはまた違ったむしゃくしゃした気持ちが掻き立てられる。己のフィギュアスケートの才能は自負しているが、にあるのはきっとオレの心を乱す才能だ。
「誰かさんがキョドりまくってるから機嫌最悪だっての!」
「うう、どうしよう……やめようかな…」
どこまでも煮え切らない女はぽつりと独り言みたいに声を漏らす。あと1歩で本当にキレそうな恋人を前にして、その頬は何故か赤い。熱でもあるのかこいつ、だからこんなにおかしいのか? 彼女の地元より数段寒いロシアの気候に合わなかったのかもしれない。“どうせ隣の国だよ”なんて謎のおおらかさで転居を決めた馬鹿な女だが、やはり慣れない異文化に疲れているのかもしれない。そう思うとまるで恋人として自分の配慮が足りなかったと責め立てられているようで気不味さがむくむくと膨らんでいく。
「……おい、
「うん?」
「お前なんか悩んでんのかよ」
困ってるなら聞いてやらないこともない。オレを通り越して妙に仲のいいヴィクトルだとかミラだとかに相談されでもしたらたまったものじゃない。ヴィクトルには「やっぱりユリオじゃ頼りないのかな」なんて言われかねないし、ミラにも「だから言ったじゃん、そんなんじゃすぐフラれるって」だなんて嬉嬉として責められるに決まってる。オレだってもう成人してんだ、男としてもスケーターとしてもとっくに一人前だ。女ひとりに手間取ってられるか。
「ごめんね、なんか緊張しちゃって…」
「ハァ?緊張?」
いつも通りの夜である。別に遠征帰りでもないし、彼女が帰省していて久しぶりの再会、というわけでもない。喧嘩した覚えもなければ泣かせたりもしていない。昨日と一昨日とさらにその前と同じように、一緒に飯を食べて風呂に入り寛いでいるだけだ。ただ目の前にいるこの女だけが変なのだ。勝手に緊張して、勝手に挙動不審になっているこの女だけが。
「えっと……ユリオくん、明日オフだよね」
「まぁ…なんだ、どっか行くのか?」
「ううん。そうじゃなくて……それなら夜ふかししていいよね?」
ふたりきりだと言うのにまるで人目を憚るように顔を近づけて、女は囁く。その細くてやわい腕がそっと背中に回るので、漸くこいつの思惑がわかった。オレが鈍いんじゃなくてこいつが拙いのだ。今ので理解出来たことをむしろ褒められて然るべきだ。ヴィクトルなら十中八九理解出来ていない、いつまでもガキみたいな誘い文句。愛猫がにゃあと鳴いてどこかへと行くのを尻目にだぼつく彼女のパジャマに指をかける。
グレープフルーツみたいに分厚い皮をひん剥くといつもより派手な飾りに彩られたバター色の肌が現れた。
「ァン?」
「っ、や、やっぱ見ないで…」
「オレが見ねぇで誰が見んだよアホ」
ボディラインが出ない寝間着だったため脱がせるまでちっとも気づかなかったが、いつもよりも随分たっぷりとフリルのついた下着だった。白と黒を基調にした華やかなそれは普段のの趣味とは随分と違うように思う。何よりも驚かせたのは小ぶりな尻にちろりと垂れた飾りだった。
「んだこれ、しっぽ?」
リボンでショーツに括りつけられたそれを指で弄ぶとは嫌がる猫みたいに身体を強ばらせた。よほど恥ずかしいらしく顔どころか耳まで真っ赤だ。
「ね、猫耳ランジェリー…」
「ハァ?」
「ネットで買ったの!Twitter見てない?」
お前のTwitterなんて知るかよ。
両腕をつんと突っ張って体を離したは机の横に放られていたスマホに膝で歩いてたどり着きなにやら操作をしだした。スマホの代わりにしばし放って置かれることになったオレは、四つ這いの尻に尾を揺らすを見ているしかない。ともあれ、挙動不審の原因はあの下着であることに間違いはなさそうだ。今更下着で彷徨こうが裸で彷徨こうが照れる仲ではないが、尻尾までつくとなると勝手が違ったようだ。
「これ!」
ずいと見せつけられた液晶には猫の画像とそれに似た色合いのランジェリーセット。なるほど、猫をモチーフにした下着らしく、愛猫によく似たヒマラヤンが澄ました顔で表示されている。の着用しているのもそのタイプらしく、言われてみればたっぷりとしたフリルは長毛種のそれに見えなくもない。
「可愛いでしょ?」
「年考えろよババア」
「1個違いなんだけど!?」
それどころか、二人で歩けば彼女の方が年下に見られるほどなのだけれど。童顔ももちろんであるが、大人らしい成熟を見せないプロポーションも原因である。目の前に晒されている凸凹の少ない身体は、下着のボリュームに押し負けて一層貧相に見えた。何故か普段よりも無意味に強く輝く瞳も相まって、アダルトな色気なんて皆無である。こいつのどの辺りがオレよりも歳上なんだ。
「もー、やっばりユリオくんに見せるんじゃなかった」
「だから、俺以外に誰に見せるんだよ」
「誰にも。タンスにしまって、たまに1人でこっそりつけます」
「はっ、サビシー女」
そのほうが男の子に見せるよりずっと大事なんだから、なんてブツブツ言う女を鼻で笑って肩を押すと、それを合図にするように彼女は黙ってぽすんと大人しくソファに収まった。黒い髪がソファに広がるのを見ていると、フリルなんてなくてもこいつは長毛種だなと思う。オレもこいつも、きっと血統書なんて持ってない、優美さも足りない長毛種だ。オレはまだ取り繕えるけどこいつは壊滅的だな。さっさとほかの部屋へと逃げていった飼い猫の方がきっとずっと優雅だ。
それでも、きゅうと細められた瞳にどうしようもなく心が乱れるし、凹凸のない身体を暴きたくて仕方なかった。本当は意外と似合ってると思ったが、そんなことは絶対教えてやらない。
「……ユーリ、好きだよ」
「…知ってる、バカ」
どうにも甘く響いてしまった声をごまかすみたいに唇を落とす。


あとはもう、発情期の猫も目を当てられない夜になった。