ブラザー、コンプリート!

(本編後設定/蔵馬とは両片思い/ギャグ)





「兄がいるって、どんな気持ちなんですかね」

恋とはどんなものかしら、と言った調子で雪菜ちゃんは言った。大正デモクラシー、じゃなくて灯台もと暗し、当然飛影さんが兄なのだけれど、彼女はいまだにそれを知らない。ついでにお兄ちゃんも。

「ううーん……」

どんな気持ち、か。母にとり息子はちいさい彼氏という言葉もあるらしいが、妹にとっての兄とは。
「うーん、結婚するならお兄ちゃんかなぁ」
「げほっ」
振り向くと、蔵馬さんが噎せたところだった。コーヒーカップ片手に、少し背中を丸めて数度咳き込んでいる。大丈夫だろうか。
「そ、そうなんですか?」
「あ、いや。変な意味じゃなく。ね?」
自分から誤解を招くような言い方をしておいて、変な意味も何もないだろう。私。
どう言えばいいか少し考えて、言い訳のように言葉を紡ぐ。度を超えたやばいブラコンの妹がいるとか、お兄ちゃんにとって不利すぎる。私は雪菜ちゃんとお兄ちゃんの仲を絶賛応援中なのだ。
「ううんと、今から出会う男の人って、これから色々知っていくでしょう?お互い」
「ええ、そうですね」
「だから、幻滅されちゃったりするわけじゃん。“意外とだらしねえんだな”とか“体重45キロ越えの女はないわー”とか」
「あの……それどなたの口調ですか?」
おっといけない。どちらも桑原としては言われたことのないセリフである。
「えっと、“貴様は逆に殺したくなるくらい醜いな”とか?」
「…それは絶対鴉のやつだろう!」
復帰した蔵馬さんからの鋭いツッコミだった。
「鴉もねえ……。鴉でもいいんだけどね」
私の発言に、蔵馬さんはすっと目を細める。訝しげな顔だ。
蔵馬さんは私の恋愛観に厳しい。多分父親より厳しいんじゃないかな。私のことについて、どんなポジションになろうとしているのか。
でも私にとって鴉はもうそういう存在なのだ。片割れだし一部だし裏側だし影だ。お互いの気持ちの揺らぎくらいは意識せずともわかるし、もっと知ろうとすれば深層心理まで覗ける。生活も共にしているし。そもそもマイナスから始まった関係だ。悪くなりようがない。
「期待値が低いから、幻滅とかはされないでしょ?」
「幻滅されたくないってことですか?」
「うん。こっちは普通に生きてるだけなのに、相手の視点によって勝手に幻滅されちゃうの、いやじゃない?」
そういうことってないかな。雪菜ちゃんはイマイチぴんと来ないような表情をしている。雪菜ちゃん、あんまり人に対して好きとか嫌いとか無いみたいだからなぁ。お兄ちゃんの先が思いやられる。がんばれブラザー。私の中では雪菜ちゃんとお兄ちゃんがくっついたら飛影さんと実質家族になれるなぁなんてわくわくが止まらないんだから。
「その点、お兄ちゃんだと今更幻滅も何もないんだよ。ずっと一緒に生きてるからね」
如何に桑原として妹らしさを意識して過ごしていようと、生活習慣なんてものはこの10余年間で完全に露見している。寝穢いこととか、だらしないところとか、適当な格好でくつろぐ所とか、全部見られてしまっているのだ。もちろん、恥ずかしい失敗談とかいたたまれない過去とか嫌いな食べ物とかも。
「なるほど……でしたらそれは私と兄については当てはまらないかも知れませんね」
「そうだねぇ……」
それだって、2人はまだ若い妖怪なんだから今からならなんとかなる気もする。一筋縄じゃいかなかったけど、なんだかんだでそれも過去として流せるくらいに。思い出をいっぱい作ればいいのだ。
問題は、飛影さんが雪菜ちゃんとこれ以上歩み寄る気がないことだけれど。でも私が私だからわかっちゃうんだけれど、こういう問題って長引けば長引くほど言いづらくなっちゃうからなぁ。
わたしは遠くに座る飛影さんをちらりと見やる。相変わらず窓際で黄昏ている系男子だ。ちなみにお兄ちゃんと幽助はテレビゲームをしている。蔵馬さんは本を読みつつゲームにアドバイスしたりしている昼下がり、会場は我が家。お兄ちゃんはともかくみんな寛ぎすぎじゃないかな。
「逆に、雪菜ちゃんはどういうお兄ちゃんがいいの?」
「どういう……」
「優しい人だったらいいなぁとか、私のお兄ちゃんみたいな人がいいなぁとか」
私の中でのお兄ちゃんは世界中の兄という存在のなかでNo.1に位置づけられているので、ここで雪菜ちゃんが「和真さんみたいな方がいいです」なんて言ってもそれは仕方のないことだ。憧れる気持ちもわかる。しかしうちの和真が雪菜ちゃんのお兄ちゃんになるには結構なハードルがあるのでそこはなんだか申し訳ない。こちらで生まれた瞬間からお兄ちゃんがお兄ちゃんであった私は運が良すぎる。私みたいな妹が欲しいっていってくれるなら話ははやいけれども。お兄ちゃんと結婚すればいいだけだし。
「そうですねぇ……」

雪菜ちゃんは少しだけ考える素振りをした。


手持ち無沙汰にふと見れば、蔵馬さんは頬杖をついてこちらを見ていた。彼も今では義理とはいえ弟を持つ兄。年下の意見は気になるのかもしれない。
もし蔵馬さんをお兄ちゃんに欲しいと思ったら、畑中秀一くんと結婚すればいいのか。秀一くんとの話を聞く限り、元々面倒見のいい彼は兄というポジションには向いている。義弟が出来る前から、私のことは妹のように可愛がってくれたものだ。
でも私たち、異性として意識する前にまるで家族みたいなポジションに落ち着いてしまったことはお互いにとって不幸だった気もする。関係を変えることが難しくなってしまった。いまでは私は蔵馬さんのことを「お兄ちゃんが増えたみたいだなぁ」なんて呑気には思えないし、蔵馬さんだって私を妹として扱いづらくなっていると感じる。お兄ちゃんとちがって戸籍や血の繋がりもないから、破綻してしまったら繋ぎ直せないのだ。この先私たちどうすればいいんだろうなあ。


雪菜ちゃんは長考を終えて、困ったように微笑む。私に言わせれば飛影さんが兄力足りない一方で、雪菜ちゃんも妹力が足りないのだ。二人とも1人で生きることに慣れてしまっている。関係が滞ってしまっているのだ。
「兄が元気でいてくれたら、と思うばかりで……細かいことまでは、とても」
「そっか」
兄を探す妹には酷な質問だったのかもしれない。
「でも、積もり積もった話がたくさんあるんです。そんなことを、ずっと聞いてくれる方だといいですね」


「私デリカシーないのかなぁ」
ところ変わって夜中のラーメン屋台。私のおごりで連れ出した飛影さんは塩ラーメンを食べている。チャーシューメンをつつきながら絡んでくる私をうざそうな顔で見ながらも、逃げないということは嫌ではないんだろう。
「そーだよねえ。お兄ちゃん探してる子にどんなお兄ちゃんがいいかなんて聞くのも野暮だよね……
「…お前と飛影って実はテレパシーで会話してたりする?」
「しないけど?」
「そ、そうかよ……」
あんまりお前がひとりで喋り続けるから、聞こえない相槌でもしてるのかと思ったぜ。と幽助は少し引きつった顔で言った。
そんなことより今は雪菜ちゃんの話だ。飛影さんだって、雪菜ちゃんの話だから黙って聞いてくれているんだし。これが「夕ご飯作るのすごく頑張ったのにお兄ちゃんが褒めてくれなかった」みたいな話題だと、彼はさっさとどこかに行ってしまうのだ。
「雪菜ちゃんのこと傷つけたかなぁ……そりゃ私がカッコよくて優しくて完璧なお兄ちゃんを持ってるからって、雪菜ちゃんに無神経なこと言っていいわけないよね」
「無神経っつーか、神経疑うわ……。なあ今日蔵馬こねぇのかよ……」
「蔵馬さん?なんで?」
「お前止められるのあいつくらいだろ……」
人のこと荒ぶる山の神みたいに言わないでほしいな…。
「いや、わかるんだよ。お兄ちゃんが世間的にはかっこよくないってことは。でもそれって見た目の話でしょ?」
見た目にしたって、背は高くてスタイルがいいのだ。細い瞳も切れ長と言えなくもないし、骨格だって男らしい。なにより喧嘩を控えて勉強に打ち込み出した高校生お兄ちゃんは、霊視能力の話題性もあってちょっとだけモテてるのだ。
「性格は普通にかっこいいじゃない」
「普通に性格がいい桑原と、普通に性格が悪い鴉を並列で語ってるとこがやべえんだよお前は」
「鴉はほら、弟みたいなものだし。多少はね」
「でけぇ弟だな」
「静流お姉ちゃんに和真お兄ちゃん、弟に鴉がいて、兄嫁に雪菜ちゃん、そして義兄は飛影さん。これでパパと幽助のお母さんが再婚して…あと、畑中秀一くんと私が結婚して蔵馬さんが義兄になればコンプリートじゃない?」
「地獄みたいな家族設計しやがって…」
コンプリートというよりはコンクリフトのほうがまだ近いかもしれない。
「なにがコンプリートですか」
「お、らっしゃい」
「蔵馬さん!」
荒ぶる山の神を鎮められるらしい蔵馬さんは、呆れ顔でのれんを潜った。仕事帰りらしく、スーツを小脇に抱えている。塩ラーメンを注文しながらわたしの隣に腰を落ち着けた。
「畑中秀一くんと結婚したら、わたしと蔵馬さん兄妹だねって話をしてたの」
「それは……」
蔵馬さんは複雑そうな表情をして、こめかみをおさえた。残業帰りのサラリーマンに女学生の取り留めのない話はきついのかもしれない。
「……オレと兄妹になりたいんですか?」
「ううん。別に。お兄ちゃんお姉ちゃんでこと足りてるから」
「………」
蔵馬さんはますます訳が分からないというふうに頭を抱えた。いつもなにかに苦悩してる人だ。私がさっきまで話していた周辺人物コンプリート計画を話すと、ちょっとどうでも良さそうな顔で言う。
「人間関係が完結しすぎている…」
それはたしかにそうかも。
「あーあ、じゃあ実現できそうなのは雪菜ちゃんとお兄ちゃんの結婚くらいかなぁ」
様子を伺うように飛影さんを見ると、呆れた顔をしていた。
「私としては、飛影さんがお兄ちゃんになってくれたら嬉しいけど」
「オレは兄貴になってほしくないのに?」
それはそれで複雑そうな蔵馬さんは、ネクタイを緩めながらそう言った。なんにせよ様になる姿だった。
「なってほしくないわけじゃあないけど…、弟の鴉と相性悪いじゃない」
「その鴉が弟っていうのもね。適当なキャスティングすぎないか」
「空いてたポストに突っ込んだなぁとは思うよ」
自分で頼んどいてなんだけど、チャーシューメン量多いな。蔵馬さんの目の前に置かれた塩ラーメンにチャーシューを1枚お裾分ける。蔵馬さんはこっちに箸を伸ばしてチャーシ ューをもう1枚攫った。最後のチャーシューだったのに…。
「でも弟って憧れるなあって」
その代わりなのか、蔵馬さんの丼からメンマが配給される。レートがおかしいな。
「あ、でも雪菜ちゃんと飛影さんって双子なんだよね。じゃあ雪菜ちゃんが姉ってことでも問題ないわけだし、お姉ちゃんな雪菜ちゃんとお兄ちゃんが一緒になったら飛影さんが私の弟でもおかしくは………」
「それは違う」
「問題大有りだ」
「お前いま酔ってるっけ?」
三者三様の否定だった。


余談そのいち。
「それはその氷女、もう気づいているのではないか?」
ピーピング野郎鴉は私の髪をドライヤーで乾かしながらそう言った。私の裏側にいる存在なので、姿は表さずともいくらでも聞き耳をたてられるのだ。
「魔界に行くあの邪眼師に、氷泪石を預けたのだろう。まず間違いなくなにかを勘づいている」
「そうなのかなぁ」
たしかに、雪菜ちゃんにとっては垂金にも渡したくなかった大切な家族の証である。それを仲間とはいえ、そして雪菜ちゃんが優しいいい子とはいえ、そんなに会話も多くなかった飛影さんに渡す理由は想像しづらい。いやでも飛影さん、あれで繊細だからなぁ。なんとなく目をかけてしまう気持ちもわかる。
「大方お前に話すことで、間接的に兄へのメッセージにしたんだろう。お前とあの邪眼師の仲がいいのは知るところだからな」
「どういう兄がいいかって言うのは」
「お前とあやつほど、あやつとあの氷女が親しい訳では無いからな。下手に答えればボロがでる。考えた末での“話をずっと聞いてくれるやつがいい”だ。あの邪眼師が滔々と話しても耐えられるヤツであることは、それこそお前と邪眼師を見ていればわかることだ」
たしかに、私は飛影さんにとめどなく話しかけるのが趣味みたいなところあるしね。
「じゃ、なんでそこまでして雪菜ちゃんから名乗り出るつもりがないの?」
「そこは貴様と蔵馬と同じだ。1度関係が固定されると二の足を踏むのは当然だろう」
「ふうん、人間関係って難しいんだなぁ」
まぁみんな妖怪なんですけどね。
「分裂と繁殖で出来た双子のどっちが先だとか、オレを弟にするとか。そういうことばかり言っているお前には、そんな機微はわからんだろう」
ぐうの音も出ない。


余談そのにー。
「秀一くん?久しぶりー」
「桑原さん」
鴉と分けようとパピコを買ったところで出会ったのは畑中秀一くんだった。私がせっかくだからとパピコの片割れを渡すと、彼は嬉しそうにした。まだ男の子と子供とを行き来している彼はこういうとき無邪気で可愛い。
公園のベンチに座っていい加減我ながらザル過ぎる人間関係コンプリート案を告げると(当然話せないことは伏せて)、彼は眉をしかめて難しい顔をした。最近蔵馬さんに似てきたな。
「そりゃ兄貴も怒りますよ」
「そうかな」
「よりにもよってオレって……」
秀一くんは腕を組んで、私にどう説明しようかしばらく考えた素振りを見せた。
なんとなくだけれど、彼は自分の義理の兄が抱えている特殊事情を薄々気づいてそうだ。秀一くんはそういうところが繊細で、聡い男の子だった。
私が複雑な生い立ちを頑張って家族に説明したように蔵馬さんが詳しい事情を彼らに教える日もそう遠くない気がした。魔界と人間界の垣根が薄くなっていくのなら、そういう日もいつか来るのだろう。
「桑原さん弟が欲しいなら、兄貴と結婚してオレを弟にしたほうがはやくないっすか」
「あ、ほんとだ」






(リクエスト/桑原妹と雪菜がお兄ちゃん談義をしていて、飛影と蔵馬(その他のキャラはお任せ)の絡みが有る話)
本編後なのでそこそこ吹っ切れてる桑原妹。故にキャラクターがおかしい。あと、周囲の全員から「はよ付き合えや」と思われてる桑原妹と蔵馬。
一応計算したんですけど畑中秀一くんは桑原妹の一個下であってますかね?
コメントありがとうございました!