お酒は二人になってから!

(空耳番外/酔っ払う桑原妹/付き合ってる)




はお酒に強くない。
それに気づいたのは意外と早かった。
仲間が仲間でなので、飲酒行為に鉢合わせることはままあったからだ。祭り好きの割合が多いメンツだから、必然集まって宴を開くことも多い。そのなかではむしろ自分もも正気を保っていたほうだ。蔵馬は酒には強いし、は理性的である。
それでも、温子やら兄姉やらに勧められて飲まされ、すぐにふわふわと地に足がつかなくなっているを見ることは多かったから、は酒に弱いし酒自体もそう好きではないと思っていたのだ。
だから癌陀羅の黄泉の私室でいかにも魔界的なデザインのソファの上で、黄泉の隣で泥酔しているを見つけた時に、蔵馬は持っていた書類を床に落としてしまった。


「蔵馬か。そこに座れ、ゆっくり報告を聞こう」
黄泉を無視して一先ず散らばった書類を拾う。
そこ、というのはどうやら彼との座っているソファの向かいであるらしかった。蔵馬は体の力が抜けているの首根っこを掴んで指示されたソファに座る。は数度ぱちぱちと瞬きをしかたが、特に文句も言わず己の隣に収まった。
「手荒だな、嫌われるぞ」
「子供を泥酔させておいてっ……」
「いくつか勘違いをしているな」
黄泉が愉快そうに笑うから、少しだけ冷静になれた。ローテーブルに乗っているのは魔界焼酎“大統領”、酒飲みの妖怪からすればそう強い酒ではないが、それでも魔界酒。慣れなければ相当きつい。
はといえば、元々寝る前だったのを呼び出されたのだろう。ロング丈のナイトウェアだ。柔らかい布が胸下で切り返され、フィッシュテール風に緩やかなドレープを描いている。魔界好みの大胆なものでないことだけは救いだった。
そして多分ノーブラだ。黄泉の目が見えなくてよかったと今ほど思ったことは無い。
肩から掛けれていた黄泉のガウンを引っぺがして自分の上着をかけてやると、一応個人の区別はまだついているらしい彼女は「くらまさん……」と夢見心地で呟いた。
「これの精神は子供ではない。そして、身体は幼かろうがお前の恋人だろう。それにオレが無理に飲ませた訳では無い」
そうだよな、。と問われれば彼女は間延びした声で「うん」と答えた。黄泉に対していつも一線を引くように使われていた敬語が消えている。
「…っ鴉、どういうことだ!」
「──おい、こういうときばかりオレを呼ぶのはよせ」
どうせ今も見ているであろうの裏側、鴉を呼べば、男はするりと影から姿を現した。普段は蔵馬に呼ばれれば喜び勇んで現れるのに、今日は面倒くさそうな顔だ。痴話喧嘩に巻き込まれたくないという意思がでなくとも汲み取れた。
「なんで止めなかった」
「オレは場が荒れるのを防ぐため、によく言い含められている。“黄泉様には逆らうな”とな。それに、自身が望んだことだ」
自身がって……」
「魔界の酒をちらつかせたら、尻尾を振ってついてきたぞ」
黄泉の言葉の確認のためにを見遣れば、こくこくと頷いている。頭が重いらしく、不安定な揺れだった。
「それで、楽しく酌み交わしていた。躯とのことを引き合いに出さなかった訳では無いが、それでも強制はしなかった」
「躯とのことを出していれば、ほとんど命令だろう」
躯の国から体のいい人質がわりに身柄を預かっているのだから、が黄泉に逆らえないのは当然だ。失敗だった、から目を離すべきではなかった。せめて、本心では嫌だが本当に嫌だが心底嫌だが、なにかあればすぐ自分に伝わるように鴉に根回ししておくべきだった。
「ちがうの、くらまさん。ほんとにあたしが……」
「…………」
しかし、この三人の口ぶりからしてエスカレートしてしまったのは自身のせいもあるようだ。酒が嫌いだから量をわきまえていたわけではなく、好きだからこそハメを外さぬよう自制していたのだろう。それにこの子は他人に求められる姿を演じるきらいがあるから、しっかりものの妹として健気に職務を全うしようとしていてのあの姿だったのだ。その我慢の結果がこのざまである。それにここは癌陀羅の中枢、躯の元からやってきたはなにをしていようと敵は多い。衆目に晒され続けたストレスもあるのだろう、こうして誰の目の届かないところで黄泉に誘われれば、ホイホイついて行って無防備に飲みもするか。気付けないオレも悪かった。なにかと溜め込みやすいタイプだからな、ちゃんと見ていてやればよかったのだ。
「とにかく、部屋に戻ろう」
かけてやった外套ごと、を掬うように抱えあげる。彼女は抵抗せずにストンと腕におさまり、猫みたいにぎゅうと体をすりよせた。
懲りない黄泉が楽しそうに声をかけてくる。
「蔵馬、報告は?」
「鴉にでも読んでもらえ」


「魔界の酒は回りやすいから、気をつけないと」
「はぁーい」
「……オレが居ない時には飲まないでくれ…」
「うんうん」
「………………」
いい返事とは言い難かったし、多分寝て起きたら忘れている。
蔵馬は頭を抱えたくなったが今のにあれこれ言ってもしょうがないこともわかっていた。
機嫌ばかり良さそうなは、ソファの上で膝を抱えてくふくふと楽しそうに笑った。コンパクトになった彼女は蔵馬の長いコートにすっぽりと覆われてしまいそうだ。
もう少し言ってやりたかったが、どうも毒気を抜かれてしまう。1000年以上生きていてこんな形で惚れた弱みを自覚するとは思わなかった。
「くらまさん、おしごと終わった?」
「ああ、急務のものはとりあえず」
「おつかれさまー、ですー」
そう言ってふわふわ笑いながら頭を撫でてくる。最近少し大人っぽくなったけれど、こうしていると外見相応に無邪気だ。そのあどけなさと根底にある少し世間ずれした部分のアンバランスさが、蔵馬は好きだった。
「くらまさんも飲もうよー」
「……まあ、いいですけど」
以前酎から「買ってみたけど飲みごたえがなかった」と押し付けられた人間界のものがあったはずだ。キャビネットを見てみるが見当たらない。どこかに仕舞いこんでいたっけ。
床に膝をつく形でしゃがみこんで下の引き戸を開く。誰かしらからの貰い物や貢物は適当に仕舞っているから、収納には箱が詰まっていた。たしか黒い化粧箱に入っていたはずだが。
「えへへ、椅子!」
「…………」
驚いて探す手が止まる。それは気づけば背後にがいた事ではなく、地面とほとんど平行になる体勢の蔵馬の背中に、柔らかくて温かいものと軽い体重が乗ってきたからだ。彼女が近付いてくる気配がするな、とは思っていたけれどまさかこんなことをするとは思わなかった。
「……酔いが覚めた時に後悔するのはキミだけど」
「…んー?」
小ぶりな臀部を恋人の背中に落ち着けた彼女は、へらへら笑って足を揺らしている。全体重が乗っても大した重さじゃないが、普段のならば絶対にしないことだからちょっとした衝撃だ。
「降りてくれませんか?」
「いや!」
「落としますよ」
「くらまさんはそんなことしませんー!」
普通にするけどな。
すっくと立ち上がってみると、ぎゃあと可愛くない悲鳴をあげて可愛い恋人は床に転がった。
「ひどい……」
「急に乗るほうがひどい」
「……きゅうじゃなかったらいいのー?」
「…懲りてくれ」
床にへたりこんだままの彼女を引きずって再びソファに腰を落ち着けさせる。桑原くんが妹を好きなだけ甘やかしたから、こいつは意外と甘えたで構われたがりなのだ。
「大人しく、そこから動かないでくださいね」
「はーい!」
とにかく返事はちゃんとするけれども。再びキャビネットの前に腰を下ろしたとき、よく知った体重が乗りかかってくるのに時間はかからなかった。
今度は腰を落としてしゃがみこんでいたので、おんぶを強請るように背中にしがみついている。
「くらまさんっ!」
「…………」
「えへへ、驚いた?」
実はちょっと予測できていた。
あとからちゃんと構ってやるから、ねぇねぇと声をかけてくる彼女を無視して奥からお目当ての箱を引っ張り出す。
立ち上がると、今度はしっかりと肩に腕を回していたはそのまま背中に張り付いていた。
「重いー?」
「重いって言ったらどうします?」
「んー………困る」
「そうですか…ほら、降りて」
ソファに横付けすると、やわらかくて温かい荷物はひとりでにクッションの間に格納された。この場合聞き分けがいいのか悪いのかどっちなんだろうか。
「そんなに酔ってるならもう寝かしたほうがいいかな……」
「えっ、うそうそ、よってない!」
「はいはい」
グラスを2つ並べて、隣に腰を落ち着けボトルを開けると、現金なは嬉しそうに擦り寄って来た。透明な液体をグラスに注いでやると、今度は瓶をひったくる。
「ほらあ、くらまさんも」
「はいはい」
意外となれた手つきで酌をするものだ。こうしているとどこか背徳的な絵面にすら感じる。昔も今も酌婦をしたがる女は大勢いたが、は今までのどんな女よりもあどけない。
「これ、黄泉にもした?」
「したけど?」
「…………」
「よみさま見えないですしー」
あいつは見えなくたって大抵の事はできるはずだが。
まあ、今後彼女が黄泉と二人で晩酌する機会など永遠に来ないので、忠告をする必要は無いだろう。
「かんぱーい!」
「乾杯」
しかし2人きりで飲むというのは、思えばはじめてのことだ。大抵は仲間達がいるし、蔵馬はついさっきまで彼女は酒が嫌いなのだと思っていたのだから2人きりのときに勧めたりはしなかった。
オレ達はもう少し話をするべきなのだろうか。きちんとした対話を。秘密が多くて時間の少ない2人だから、お互い知らないことが多いのだし。まずは好きなものと嫌いなものくらいは知っておきたい。
ちゃん、好きなものってありますか」
「お兄ちゃん!」
「………」
問一からはやくもコミュニケーションが暗礁に乗り上げた気がするな。
「あ、あとくらまさんも」
「2番目ですか」
「けっこんするならお兄ちゃんだけど」
「だから、オレの立場は」
確かに桑原はいい男であるけれど。ことについては彼に一生勝てる気がしない。
「でもこどもうむなら、くらまさんとがいい!」
「げほっ」
衝撃で噎せた。原因であるは心配そうに、咳き込む蔵馬の背中を撫でる。
「くらまさん、だいじょぶ?」
「ケホッ……ご、ごめん。驚いて…」
当然だ、という気持ちと彼女がそこまできちんと考えていたのか、という気持ちが混ざりあって蔵馬の気管にもつれ込んだのだ。これが最初から「蔵馬さんと結婚したい」とでも言ってくれれば、可愛いことを言うなと素直に思えたのだが。
「お兄ちゃんと結婚するけどオレの子供を産むんですか」
「えー、だって……」
は形のいい眉を顰めた。この人なにいってんの、という顔だ。それはこっちがずっと思っている事だけれど。
「お兄ちゃんとはえっちできない……」
「お兄ちゃんとは結婚もできないからな」
本当、何言い出すんだこの子は。
「でも、どーせい婚がみとめられてない国のどーせいあいしゃは、ようし縁組とかでこせきをいっしょにするじゃない」
「するけどなんだよ…」
「もとからおなじこせきにはいってるお兄ちゃんとあたしは、じっしつ結婚してるよ!」
「そんな論理が通用するわけないだろ…」
酔っぱらいの戯言はときに恐ろしいものだ。いろんな人に怒られるぞ。そんなこと認めたら世の中の色んな定義が乱れてしまう。
この会話全部録音しておいて、酔いが覚めたら聞かせてやろうかな。
「大人しくオレの籍に入ってくれよ」
「……それは…」
酒に酔ったのか彼女に酔ったのか…後者だな。そのせいで口が滑ってしまったことに一瞬遅れて気がついた。これではまるで、プロポーズみたいじゃないか。こんなシチュエーションでするつもりはなかったのに。泥酔パジャマで話の流れでプロポーズとか最低最悪すぎる。
「…どゆこと?」
前言撤回、プロポーズに気づかれないほうがずっと最低最悪だった。


ひどい頭痛での意識は覚醒した。目を閉じたまま、ぼんやりと記憶の糸を結び合わせる。たしか寝る前に黄泉様に呼ばれて、お酒を飲んで……。蔵馬さんにも会った気がする。
それにこのベッド、すごく蔵馬さんの匂いがする。
浮腫んで重いまぶたをうっすらと開くと、案の定ここは蔵馬さんの部屋だ。蔵馬さんの部屋で蔵馬さんのベッド。着衣を確認するが、寝乱れた以上の変化はない。
「おはようございます」
「…くらまさん」
擦れた声で返事をする。朝だというのに蔵馬さんの声は艶があって綺麗だ。重い体をベッドに沈めたまま首だけ動かすと、いつも通り癌陀羅の軍服を着た蔵馬さんがベッドに腰掛けている。
「あたまいたい…」
「飲みすぎですよ」
蔵馬さんは仕方ないものを見るような笑顔を浮かべ、恋人の頭を撫でた。背中を支えて起こしてやり、予め用意していたらしいコップを持たせる。
「ほら、二日酔いに効く薬です。」
「………」
急激に頭が覚醒していくのがわかった。死を前にして生存本能が働くように、コップに入れられた薬湯を前にして身体が目を覚ました。
「ふ…普通の水がいいかな」
「──オレが…」
蔵馬は日頃大抵のことでなら恋人を甘やかすけれど。今日ばかりは違った。ていうか、もしかして怒ってる?
「オレが、他所の男と2人きりで飲んだ挙句酔い潰れたうえ、背中に乗ってくるわ膝に乗ってくるわ好き放題してから自分だけさっさと眠りこけた恋人のために、朝早く起きて作った薬湯ですよ」
「……す、すごーい、ありがとう」
「さ、飲んで」
尚も避けようとするが、有無を言わさぬ笑顔で言われる。憎らしいくらい完璧な笑みだった。
蔵馬さん、確実にお怒りになっていらっしゃる。
「せ、背中に乗る?私そんなことしたの?」
「ええ。くだを巻くわ人の話を聞かないわ、めちゃくちゃでしたよ」
「そ、そんなあ……」
ショックを受けたに、蔵馬は少しだけ溜飲が下がる思いだった。少しは人の苦労を思い知れ。自分の貞操がどれだけの危機にあったか自覚をしろ。あと紙一重の違いで、この朝の状況は全く違うものへとなっていたはずだ。
「……も、もしかして黄泉様にもそんなことしてたのかな……」
「さあな。確認しない方がいいかもな」
「ええー…」
「……どうせ自分でも後悔するんですから。これに懲りたら、オレ以外の前で酒なんて飲むなよ」
良薬は口に苦いというけれど、蔵馬の忠告だけはにとって一抹の甘さを残していた。結局この狐は、彼女にだけはとことん甘いらしかった。
「それはそうと、薬湯はきちんと飲むこと」
……やっぱり九分九厘は苦い経験となったけれど。






(リクエスト/ 酔っ払った桑原妹が蔵馬へセクハラ(スキンシップ)をする話)

未来設定にも程があると言うかなんというか…

魔界編くらいのイメージです。いつになったら本編がここまでたどり着くのか…。※設定は開発中のものです ってくらいにさらっと流してください。

この時系列の頃この二人付き合ってるのか?って感じですが、普段おとなしい彼女の醜態に戸惑ったり困惑したり困ったりする蔵馬は見たいですね!

もっといちゃいちゃさせられたらよかったです…。

ムクロは正式な漢字は機種依存文字なので躯と表記させていただきました。

コメントありがとうございました!