禁断の果実(仮)

(蔵馬さんと桑原妹が一緒にいる)




「へえ、賑わってる!」
「ああ、あまり離れないで。はぐれたらキミ、また変なことに巻き込まれそうだ」
「蔵馬さんは私のことなんだと思って?」
「うーん……。………………スペランカー?」

 いや聞かれても。
 何かと人のことをウサギ呼ばわりしてくる蔵馬さんがそう例えるあたりガチな感じはあるけれど。スペランカーって、繊細と言われる兎よりも更に繊細じゃない。
 まぁ、そういう忌憚のないことを言ってくれるようになったあたり、好感度の高さがうかがい知れるのかも、なんて思うあたり私も随分やられてしまっている。お花畑ダメ絶対。相変わらず私達は付き合ってません。
 ともあれ仲の良いお友達な私達は、2人で魔界の街へと繰り出していた。癌陀羅と大統領府と、お互いそれぞれに顔を出す用事があったのだ。そしてたまたま双方の用事が早く終わり、それならと落ち合うことにしたのだ。市街で待ち合わせようというの提案を却下してわざわざ迎えに来たあたり、先ほどの発言に対する蔵馬さんの本気度が窺い知れる。私、どれだけ危なっかしいのかな。しっかりしてるほうだと思ってたんだけど。
「わたしこんなふうに魔界の街を見るの初めてかも知れません」
「そうなんですか?」
「うん、視察とかなら何度かあったけど。それだってお仕事ですし」
「じゃあ、今日はキミが見たいのに付き合うよ」
 なんて言って笑う蔵馬さんに少しどぎまぎしながら、私は気をそらすように街を見渡した。いわゆる商店街と言ったふうだ。癌陀羅は近代的な都市なので、建築様式やセンスは違えど案外私たちの住む町並みに近い。あちこちに食品や雑貨の店があり、屋台を引いている人もいる。その間を多種多様な妖怪達が賑やかに歩いて、経済を回しているのだ。
人間界基準ではやや不穏なものが売られている様子も見て取れるが、概ね平穏で活気のある商店街だ。
「こうして見ると、やっぱり癌陀羅って栄えてますね」
「物質文明的な生活を栄えてるって言うのならね」
 皮肉っぽく言って、蔵馬さんは肩を竦める。
 昔こそ食人妖怪の国であったが、その頃から既に癌陀羅は活気のある国だった。移動要塞という特殊な形態である躯の国や、本人自体は政に熱心ではなかった雷禅さんの国と違い、黄泉様は治世に力を入れていたのだ。癌陀羅の市と言えば国外にも聞こえはいい。魔界が資本主義社会であったのならば、天下をとるのは癌陀羅だ。大統領府が癌陀羅にほど近いところに置かれたのも、そのあたりが所以である。
 そういえばここ癌陀羅国内だから、うっかりしたこというと黄泉様に丸聞こえなんだなぁ。気を引き締めていこう。黄泉様、聞こえますか。今あなたの心に直接語りかけてます。なんて、絶対聞こえないね、思想までは縛れないってやつだ。
 なにから見ていいかわからないまま立ち尽くす私の手を引いて、蔵馬さんは端からゆっくり歩いて行く。乾物屋、薬局。金物屋、細い道を挟んで八百屋。反対側には肉屋。得体の知れない肉もあるけれど、さすがに法律が定められた今白昼堂々と人肉を売っているわけはないだろう。
 書店を見つけて立ち寄ると、平積みにされた雑誌にはカルトの3人が写っていた。こっちでも大人気らしい。私は小兎さん推しです。
「オレは全員応援してますよ」
「あ、それずるいです。私だってカルテットですし」
 カルトの3人+ファンでカルテット、ファンクラブも使う由緒正しい名称である。
「誰かひとりちゃんと選んだら、小兎さん応援します」
「ふうん。それは兎の仲間意識?」
「でもあの人ちょっと猫と狐入ってません?」
 小兎さん、一体何者なんだ……?
 グラビア雑誌を棚に戻し、今度は経済誌を手に取る。経済、というよりはその表紙につられてつい。カラーで大きく印刷されているのは他ならぬ黄泉様である。この人はマネーゲームも似合うなぁ。
「そんなもの、絶対買わないでくださいよ」
「買わない買わない。でもこうしてみると、塩顔のイケメンですよねぇ」
 誰とは言わないけど。名指しはしないけど。なんか聞かれたくないし。
 蔵馬さんはめずらしくムッと眉を潜めて冷たい瞳で雑誌を睨む。
「オレの方がイケメンでしょう」
「ハイ」
 反論できない。黄泉様と蔵馬さんと、妖狐蔵馬さんはそれぞれ違ったベクトルの美形なんだから比べてもしょうがないんだけどね。ちなみに世界一男前なのはお父さん、次点がお兄ちゃんだ。性別問わずにランク付けすれば群を抜いてお姉ちゃんがトップだけど。漢気万歳。

 鮮魚店には得体の知れない……どころか海のものか山のものかも定かではないギリギリ魚類みたいなやつが並べられていた。こうして一緒にディスプレイされてしまえば、一般的なタコですらなにか恐ろしい悪魔的生物に見えてくるから不思議だ。いあ、いあ。
 甘辛いタレが炭火で焼ける香ばしい匂いに惹かれてみれば、屋台では鶏肉よりもぶにぶにとして白っぽい肉が串に刺されて焼かれていた。
「お腹すきましたか?」
「いや……あれはなんのお肉?」
「うーん……」
 蔵馬さんは少し困ったそぶりをして、「味の保証はしますよ」なんて答えにならないことを言う。
「いやだから、何の肉!?」
「安心してください、人間ではないです」
 そりゃあさすがに天下の往来で人肉を焼かれていたら大統領直属、魔界治安維持取締部隊に駆け込むけど。
「ほら、見てくださいちゃん。旬の魔界人参ですよ」
「露骨に話を逸らされた……」
 目をそらしたまま蔵馬さんは横の八百屋を指さす。魔界人参は鳴かないマンドラゴラといった様相だった。人面瘡、人面瘡人参だ。
「味は人間のと同じなの?」
「朝鮮人参に似てますね、薬にもなるんです」
「へぇー!」
 いちへぇ。蔵馬さんはやはり薬学には詳しいらしい。生姜に似た野菜やなにかの葉を指さして丁寧に解説してくれる。魚類や肉類に比べるとそこまでエキセントリックなものも少ないらしく、味のイメージがしやすかった。
「蔵馬さん、そこまで詳しくてなんでお料理できなかったんですか……?」
「薬は味を気にして作る必要がありませんからね」
「なるほど」
「……それに、今はカレーくらいなら作れます」
「存じ上げております」
 教えたの私だし。
 蔵馬さんは頭がいいので一度一緒に作れば次にはもう完璧にできるのだ。さすが知性派である。
 せっかくだから買い物をしていきます。と言ってプラスチックのカゴを手に、蔵馬さんは店の奥へと歩みを進めた。私もそのあとをついて、狭い通路を気を付けながら歩く。うっかり商品を蹴飛ばしたら大変だ。
 残機が増えそうな緑色のキノコの棚の隣には、赤い果物みたいなものが積まれてあった。小ぶりのマンゴーくらいの大きさ。手に取ればリンゴのようにぴんと張りのある触り心地で、真っ赤というよりは少し紫がかった鮮やかな色をしている。普通果物は熟すに応じてグラデーションやムラのある色合いのものが多いが、この果実はバケツで塗ったようにただ一色の赤紫だった。
「お目が高いねお嬢さん」
「はい?」
 不意に声をかけられて顔をあげれば、八百屋の前掛けをした妖怪が立っていた。人型に近いが、大きくて長いトカゲみたいな尻尾が生えている。あれでうっかり商品をなぎ倒してしまったりしないんだろうか。
「それはね、すごく甘いんだよ」
「へえ、そうなんですか」
「あの男前は恋人かい? 一緒に食べたらいいさ」
 八百屋さんが顎でしゃくった先には案の定蔵馬さんがいて、カウンターのもう1人の従業員となにやら話し込んでいる。手にもやしみたいな植物、色は青。何に使うんだろう。
「いえ、あの人は違うんです」
「へえ! お似合いなのに」
「そうですかねえ」
「でもさ、そうなら尚更二人で食べた方がいい。一つの実を二人で分け合うのさ。まけとくからさ」
「え? なんでですか?」
 そんな、戦場で一本のタバコを交互に吸うかのごとき分かち合いを、このドス赤い実で?
 首をかしげて続きを促すと、どうやら純然たる好意でアドバイスをしてくれているらしい八百屋さんは目尻をつりあげた真面目な顔をした。
「だってその実は──」
「その実は、買いませんよ」
「あっ」
 ひょい、と右手が軽くなる。振り返れば、買い物を終えたらしい蔵馬さんが呆れた顔でこちらを見下ろしていた。手には私から奪った赤い果実。それをこぼれ落ちないように山盛りの仲間達の上に置いて、彼は腰に手を当てた。いつもみたいに少し微笑んではいるが、瞳はマジである。
「妙なことを吹き込まないでいただきたいですね。そもそも、なんでこの果実がこんなところに」
「規制緩和でね、簡単な資格さえとれば一般食品店でも取り扱えるようになったのさ」
「こんなもの、オレ達には必要ない」
 八百屋さんはバツが悪そうに「そりゃあ悪かったね」と頭を?いた。


「ねえ、蔵馬さん。さっきのはなんだったんですか?」
「なんでもありませんよ。キミが気にすることじゃない」
「ふうん……」
 怒っているわけではなさそうだ、単純になにか困ったような顔で蔵馬さんは私を見た。どう説明すべきか考えあぐねているようだ。別に悪気があったわけじゃなさそうな八百屋さんにああも厳しく言うなんて不思議だ。食品として売られている果実、まさか毒でもあるまいに。
 今度来た時こっそり買ってみようかな。
「……言っておきますが、こっそり手に入れたりしないように」
「えっ、しっ、シマセンヨ」
 はぁとため息をついた蔵馬さんは、仕方なしに重い口を開く。こちとらスペランカーなので、ちゃんと見守って管理してないとすぐ死にかねないのだ。
「確かにあの果物はすごく甘くて美味しいですよ」
「へえ、だったら…」
「でもだめです」
 少しだけ喜色ばんだ私をぴしゃりと撥ね付ける。
「死に至らないけれど、中毒症状があるんです。半個で許容量だ」
「なるほど……だったら、やっぱり蔵馬さんと半分こ…」 
「それはもっと駄目です」  
 人間界でも、食べすぎたら中毒になる食品は多い。八百屋さんが言っていたのはこういうことだったのか、しかし蔵馬さんはまた“駄目”の一点張りだ。
「なんで……」
 なんだか釈然としなくて食い下がる私に、彼は少しだけ眉根を寄せた。そしてとうとう観念したようにつぶやく。ヤケクソに投げやりに、対私の時の蔵馬さんらしからぬ乱暴な口調。
「……催淫効果があるから」
「…………………は?」
「要するに、媚薬ですよ媚薬。半個食べれば生娘でも好色な娼婦のように。丸々一個も食べたら記憶も飛びます。オレと分けるなんてとんでもない。まだ桑原くんに殴られたくはない」
「え!? そんなっ、ええ、漫画みたいなっ?」
 じゃあ八百屋さんは、「これで既成事実作っちゃえ!」っていうエールだったの!? 肉食系すぎる、ていうか普通に犯罪。果実の効能と合わせてさすが魔界。
「もっとも、がそんなにオレと“お友達じゃなくなりたい”なら一緒に食べてやってもいいけど」
 びっくりするほど目が笑っていない蔵馬さんを前にして、私はブンブンと首を横に振るしかなかった。






(リクエスト/幽白小説連載が読めればそれで幸せです……… 蔵馬さんとヒロインさんが一緒に居られれば満足)

本当はリクエストじゃなくてありがたい応援のお言葉だったのですが書きたかったのでサルベージ

禁断の果実が禁断じゃなくなる話、書きたい(言ってみるだけ)

コメントありがとうございました!