家族になろうよ!

(幽白でほのぼの)

(畑中秀一の姉、南野秀一の同い年の義妹)




緊張した父の決死の発表に、私と秀一は至極冷静に返した。
「と…父さん、結婚したい人がいるんだ」
「え、知ってる」
「職場の南野さんでしょ」
子供たちの反応が案外冷めていたので、父はあからさまに落胆したあと、こちらを伺うように見た。
「いいよ、お父さんが好きな人なんでしょ」
「そーそー。オレ達は応援するって」
「ねー」
私も秀一もちょっと大人びている方である。姉である私は勿論、弟の秀一だってマセてて優秀。お母さんがいない我が家をみんなで切磋琢磨して支えあっているからかもしれない。まだ子供っぽいところもある、可愛い可愛い弟だ。南野さんがどういう人かはあまりしらないけど、1度だけ挨拶をしたことがある。それはそれは優しそうな、いい人そうな人だった。
その日のお父さんの態度で薄々父の気持ちには気づいていたのだ。今まで男手一人で私たちを育ててくれた優しいお父さん、これからは南野さんも含めた家族4人で頑張って───
「それでその、南野さんにはと同い年の息子さんが…」
「…………ええー!?」


「はあ……」
気が重い…。
父の再婚は喜ばしい。相手の南野さんのことも、よく知りはしないが好意的に感じている。前向きに考えていきたい。弟は兄ができるから嬉しそうだし、私だって家族が増えるのはいいことだとわかってるのだ。
……わかっているけれど。
同い年の異性の義理の家族が増えるっていうのはそりゃあ抵抗もあってしかりだろう。
明日にでも入籍ってわけではないし、すぐに一緒に住むわけでもない。けれどゆくゆくはそうなるのだ。家族にならなければいけない、まだ顔も見たことない同い年の異性と。
せめてやさしい人だといいなぁ、どんな人なんだろうか。クラスの男子を思い浮かべてぽんやりと夢想する。山口くんみたいな柔道バカ1代なタイプはきついな……。井上くん…ううん、あの大人しい内気なタイプもコミュニケーションに困りそう。今まで普通程度にしか男子と仲良くしてこなかった私だ、見知らぬ男の子と家族になる方法なんてどう考えてもわからない。
そんなもやもやしてふわふわした気持ちを抱えながら歩いていたから行けなかったのかな。
──迷った。
迷いました、完全に見知らぬ景色です。
土曜日、料亭、顔合わせのランチ。店の名前も時間もバッチリ覚えて駅を降りたはずなのに…。ホテルでのお食事会とかならば迷わず行けたのかもしれないけれど、料亭の背の低い建物は見渡してもわからない。
「はあ……」
つま先がきゅっとした固いパンプスを履いてきたから、長々と歩き回るのはつらい。
きょろきょろ周りを見渡して、見つけた公園のベンチにふらふら腰を下ろす。もちろん、おろしたてのワンピースが汚れ無いように気をつけて。
ふうとひと息。あーあ、疲れた。
こんなことなら午前中の部活に真面目に出席せずに、お父さん達と一緒に行けばよかった。
時計を見ればまだ20分ほど時間がある。この辺りにあるのはわかっているし、適当な人に聞けばきっと見つかるだろう。
だらしないとは思いつつ、パンプスからそっと足を抜いてしまう。正午前の明るい土曜日。遠くに子供がはしゃく声を聞きながら、ストッキングに包まれて強ばった指先をワキワキ動かした。
なんかもう、全部億劫だなぁ。服も迷子もランチも家族も。
「お姉さん」
ジャリ、と視界にスニーカーが侵入する。降ってきた声に顔をあげれば、見知らぬ男の人が居た。
「ひとり?」
「え?」
ぱちぱちと瞳を瞬かせる。目の前の男の人は、にっこりと人好きのする笑顔を浮かべた。大学生っぽい雰囲気で、ワックスでしっかりと髪の毛をセットしていてなんだか感心した。
「隣座っていい?今日暑いねー」
「あ、いえ、あの」
私の返事を待たずに彼はベンチの隣に座る。嗅ぎなれない男物の香水とワックスの香りに心臓が跳ねた。ときめきというか、困惑と驚きで。
「かわいい靴、もしかして靴擦れ?」
「あっ……」
ひょい、と。はしたなく脱いだままの私の靴を片一方、彼は手に取ってしまった。さっと靴を履いて立ち去ろうとしていたのを見抜いたみたいな行動だった。
「か、返して…」
「靴擦れしてるの?大丈夫?」
「く、靴擦れとかでは……」
「見せてみ?」
「えっ」
完全に相手のペースである。彼が身体をずいと寄せるのに、慌てて身を引いた。しかし後退は臀部がベンチからはみ出た感覚で停止する。落ちる落ちる。ワンピ汚れる。彼はこわばる私の腕を取って笑う。
「あ、あの……はなして…」

「離してやってくれませんか?」

「!」
私の唇が紡ぎきれなかった言葉を、誰かが代弁してくれた。高めだけれど落ちついた男性の声色。当然、ベンチに座る人とは違う声。私と彼は見上げる。公園の砂をジャリとも言わせずに、気づけばそこに人が立っていた。
「え……?」
「待ちました?」
赤い髪に、しゃんと伸びた背筋。涼やかな目元に少し口角の上がった上品そうな男性。大人っぽい雰囲気だけれど、顔立ちは長い髪と相まって可愛らしく、ともすれば女の子に見える造形で、もしかしたら私と歳が近いのかもしれない。男の人というよりは男の子という感じだった。
まだ寒い春先、ロングコートに身を包んだ彼は私に向かって穏やかそうに微笑む。
まるで旧知の中とでも言うように。
「絡まれてたんですか?」
「あ……の…」
「なーんだ、彼氏待ちだったんだ」
──彼氏?
ベンチに座っていた男の人は潔くすっくとたちあがる。絡んでゴメンね、なんて言って未だ持ったままだった私のパンプスをそっと男の子に渡した。彼も彼で、なにも言わずに当然みたいな顔で受け取る。
「じゃあね」
「は、はい…」
ひらひらと手を振って去っていく男性をぽかんと見送る。彼の背中が角を曲がって見えなくなった頃、私はようやく理解した。
「す、すみません!助けてくれてありがとうございました……!」
「いえ、引き際のわかっている男で良かったですね」
あー、あれナンパだったんだ。と気づいたのはついさっきである。我ながらとてもぼんやりしている。自慢じゃないけど、弟にすら言われるほどのどん臭さなのだ。
「途方に暮れてるように見えたけど、なにかあったんですか?」
「いえあの……ん?いつから見てたんですか?」
「座って靴を脱ぎ出すとこからですね」
最初じゃないか!
男の子はカラカラ笑って、ふいにしゃがみ込む。
なんだろうと思っていれば、放り出されたままの私のもう片方の靴と一緒に、渡されたばかりの靴を揃えて置いた。
「あ、ありがとうございます…」
「それで、なんでまた途方に暮れてたんですか」
またもや見知らぬ男の人のペースに飲まれていることに気づける私ではない。なんの警戒心もなく、返してもらった靴を履きながら答える。彼は助けてくれたし、なにより不思議な雰囲気のある男の子だった。
「ちょっと道に迷ってしまって」
「案内しましょうか?」
料亭の名前を告げると、彼はぱちくりと瞳を揺らした。一瞬だけ妙な間があったけれど、表情は崩さずにやっぱり綺麗な笑顔のまま彼は言う。
「高級料亭ですね、なにかお祝いごとですか?」
「家族が増えるんです」
不思議と話しやすい人だった。“こんな人が家族になればいいのにな”と、夢見がちな心の底で朧気に浮ぶ。
「お母様に赤ちゃんでも?」
「いえ、うちに母はいません。父が再婚するんです」
「それはおめでたいですね」
「うん……」
浮かぬ顔で相槌を打つ私に、いつの間にか隣に座っていた男の子が不思議そうな顔をする。
「乗り気じゃないんですか?」
「ううん。相手の人いい人みたいだし、弟にも、お母さんがいた方がいいと思うし」
「でも浮かない顔してますね」
「相手の人の連れ子が、私と同い年の男の子みたいで…」
私としては深刻な悩みだけど、彼は力が抜けたみたいに「ははぁ」と笑った。謎の脱力感。少しだけムッとしてしまう。
「……男の子には私の気持ちなんてわかんないよ」「いえいえ、わかりますよ。同い年の異性の連れ子、親としてちょっとデリカシーに欠けますね」
「ほんとに。そんなの少女漫画だけにしてほしいよね!」
やさしい男の子はクスクス笑う。よく見ればコートの中にはスーツを着こんでいて、それが妙に似合っていた。よそ行きワンピに着られている私とは大違いだ。
「相手の子と仲良くできるか不安なんですね」
「うん……秀一、あ、弟は秀一って言うんだけど……弟はお兄ちゃんが出来るから嬉しそう」
「それはよかった」
「あ!変な話なんだけどね、相手の連れ子くんも“シューイチ”って言うんだって!」
「へえ、それは面白いですね。ご尊父と相手の方の関係もそれがきっかけ?」
「うん、そうみたい。よくわかるね!」
聡明な彼はにこにこととても楽しそうに笑う。
なにか新しいおもちゃを貰った子供みたいな顔だった。
愉快そうに細められるグリーンの瞳にとくんと心臓が跳ねた。今度こそ、ときめきみたいな音を響かせて。
「きっと、相手の子も同じような不安を感じてますよ」
「そう、かな…」
「キミみたいないい子が家族になるんだから、きっと相手の方もその子供も喜びます」
「そうだといいな……」
へへ、と私が馬鹿みたいな顔して笑ったところで、彼は様になる仕草で腕時計を見た。伏せられたまつ毛が長いな、と感動する。
「もしかして、そろそろ時間では?」
「時間……あ!」
私も同じように時計を見ればいつのまにか、10分以上経っている。慌ててベンチから立ち上がって頭を下げた。
「すみません、道教えてください!」
「構いませんよ、オレもちょうど行くところだから」
ん?ああ、彼の目的地の道すがらに料亭があるのかな?
半歩先をゆっくり歩き出す彼についていく。もしかしたら、私の足を慮ってのんびりと歩いてくれているのかもしれない。足のコンパスが違うというのに、急いで歩く必要が無かったから。
「ここらへん、わかりづらいよね」
「うん、すごい迷っちゃった」
料亭はほんの道1本入った静かな所にあった。
案内してくれてありがとう、と言おうとした私の尻目に彼は当然みたいな顔をして門をくぐっていく。
「あ、れ?」
「すみません、南野ですが」
「へ?」
名乗った男の子は従業員の女性に連れられて靴を脱ぐ。「なにしてるんですか?」ぽかんと突っ立ったままの私の手を引いて、私から履いたばかりの靴を脱がせた。
「え…?」
「随分呆けた顔をしてますね」
つやつやした木の廊下をどんどん進んでいく彼は、悪戯が成功した子供みたいな顔をした。「自己紹介、まだでしたね」なんて、やっと足と思考が追いついた私にしれっと言う。平然と、平坦と。

「南野秀一と言います。よろしく、畑中さん?」






(リクエスト/幽白でほのぼので…!)
趣味に走って書かせていただきました、家族夢が好きです!
リクエストありがとうございました!