二年目から始める恋について

(嫉妬する蔵馬)(元クラスメイトで恋人が妖怪だと知らない学生ヒロインと社会人南野秀一)




大学も二年生となると遊び方がわかってくるものだ。日本人にとって学生生活は最後のモラトリアム、社会に出るまでの猶予期間。ほどほどに頑張りながら遊び倒すのがスタンダードである。もまたご多分にもれず、上手いサボり方を心得ていた。
「でも、相手に時間が無いからさぁ……」
「また惚気話?」
「惚気けてないし。普通に愚痴だし」
「仕方ないじゃん、あんたの彼氏社会人だし」
恋人の秀一は私立の進学校でトップの成績を収めながら進学を選ばなかった奇特な男だ。頭が良すぎるとそうなってしまうのだろうか、勉学に見切りがついて先の道筋が定まってしまった以上、彼は進学するだけ無駄だと判断してしまった。
嘆いたのは教師陣で、なんとか彼の意思を変えようとクラス委員長であった私にまで説得するように言ってきた。当時まだ付き合っていなかった私にとって南野秀一などサボり気味なのに成績上位キープのいけ好かない男でしかなかったため別にどうでもよかったのだけれど。
内申目当てで先生にいい顔をしつつも適当にあしらっていた私に対して南野秀一が何を考えたのかは知らない。察するに、気楽に付き合えそうだと思ったのかもしれない。どんな思惑か、卒業式の日に告白された時は本当に驚いたものだ。あまりにびっくりして、それから冷静に考えた。今まで彼氏なんていなかったし、彼は学校の王子さまでイケメンで頭が良くて、付き合えばさぞかし鼻が高いだろうというひどい打算でOKした。
そのままずるずると付き合い続けて、今はやっと2年目の秋である。
南野秀一が私をどう思っているか、私が南野秀一をどうすればいいのか。いまだに答えは出ないままだ。
「いいなぁ。イケメンキープとか」
「キープというか……むしろ私がキープなのかな」
「相手も社会人だしねえ。職場に素敵なキャリアウーマンが居たりして」
慰めてよ、と思ったけれども確かにそれも有り得る。秀一の職場は彼の義父が経営する会社なので、そこで大っぴらに恋愛するわけにもいかないのかもしれない。
そうでなくても、なにか事情があっての交際なんだろうと私がぼんやりと考えてしまうのは仕方のないことだ。彼は高校生活三年通してファンクラブがあるほどモテモテの学校の王子さまで、辟易するほど告白されていて、傍目から見ていると女性と付き合うなどまっぴらだというふうに見えたから。
「キープにマメにメールなんてくれないんじゃない?」
「ううーん、そうなのかなぁ」
私は手持ち無沙汰についメール画面を開く。
“南野秀一”と名付けた専用フォルダには、連日のようにメール着信があった。デートは多くて月に2回くらい。少ないと一ヶ月以上会えない。記念日には花束をくれるし、たまに電話もくれる。甲斐甲斐しい男であるし、こうなってくればこのまめまめしさすらなにかの作戦だと思ってしまうほどだ。とにかく私の中で、彼氏である南野秀一の信頼度は限りなく低いのだ。
「嫌なら別れればいいじゃん?」
「ううん、でもイケメン社会人の彼氏って正直捨てがたい」
「結局惚気じゃん」
私としてはそれなりに深刻な悩みだったけど、他人から思えば全く持ってそのとおりかもしれなかった。


『この間職場でエスニック料理の店に行ったんですが、今度行きませんか?』
『ごめん、パクチー無理!』
秀一からのメールにそう送った後で、素っ気なさすぎたかなと後悔する。
1度携帯を置いて、ちょっと迷ってから再び手に取ってメール画面を開いた。
「えーっと…………『それでも大丈夫そう?』と」
今度は送る前に読み返してから、1度文字を消してみる。何度か打ち直して、最終的には『それでも食べれそうなのあるかな〜?』と打って最後にダメ押しとばかりに可愛い表情の絵文字を入れて送信した。この時間なら秀一は即レスしてこないから、考える時間はたっぷりあった。
大学生同士のカップルとちがって、生活リズムの違うと秀一はそう頻繁には会えない。それでも忙しそうなのに時間を作ってくれる彼には頭が下がる思いだ。としても普段そんなにかわいい女子大生の彼女としてうまく出来ないので、メールくらいはそれらしくしようと頑張っている。まったく無駄な努力かもしれなかったが。
変に思われなかったかな、ちらちらと携帯の着信ランプを気にしながら手早く課題を済ませて、夕ご飯を食べても返事は来ない。
そのあとテレビを見てちょっと意識を離し、シャワーから戻ってふと見ると漸くランプは点滅していた。
慌てて開いてみると、メールは個別のボックスではなく普通の受信フォルダに入れられていた。つまり、秀一からではない。
どこか拍子抜けしたような気持ちで開封すると、それは昼間話した友達からのものだった。
『合コン女子1人足りないんだけどあんたこない?イタリアン食べれるよ』
どうせお前暇だろうという意識が透けて見える身も蓋もない切り出し方の後に、日付と時間と場所が書かれている。はスケジュールを確認した。うん、空いている。アルバイトも用事も喫緊の課題も無い日付だ。
『奢りイタリアン?行く!!』
同じく暇であり、打鍵に定評のある彼女からの返信ははやかった。
『ついでにいい人見つけたら?相手医大生だよ』
『まじかー、やったじゃん』
それからいくつか適当な話題を続けて、飽きたあたりでおやすみの挨拶をして会話を終える。本当に寝ちゃおうかと明日の準備を済まてしまい、カレンダーにもスケジュール帳にも忘れずに“奢りイタリアン♪”と書き込んでいると、視界の端にいた携帯がちかちかとランプを光らせた。
友達がなにか追撃してきたのだろうかとメールを開くと、“南野秀一”フォルダに一件の新着が来ていて戦いた。ふと時計見ると11時半。こんな時間になるまで返信に割く余裕がなかったのか。それは仕事でか、それとも私の優先順位の問題だろうか。
『抜きにもできるので大丈夫。来週の金曜の夜なんてどうですか?』
抜きに?一瞬なんのことかわからなかったけれど、確かパクチーの話だったっけ。エスニックエスニック、普段あんまり食べないし、正直得意でもないな。
そう思いながらカレンダーに目を向ける。来週の金曜、と目を止めた日付には頭の軽そうな字で“奢りイタリアン♪”とバカみたいに書いてあった。しかもピンクの文字。どこのアホが書いたんだろうかと思ったが、数分前の私である。
私の秤には“イケメン社会人彼氏”と“まだ見ぬ医大生”が乗ることはなかったが、“エスニック”と“イタリアン”が乗ることになった。しばらく均衡していた天秤がどこで大きく傾いたかは知らない。“先約が優先”というカードを使ってしまったのかもしれないが、気づけば私は『ごめん、その日用事があるんだ ><』と送ってしまっていた。
『そうですか、じゃあまた連絡する』
そんな返信に限って、随分と早く来たものだ。


デートは断ったんだ、と思い出したのはネックレスをつけた時だ。ピンクゴールドのチェーンとバラのモチーフに、真ん中にほんの小さなダイヤが埋め込まれた綺麗なやつで、付き合って一周年記念にくれたものだった。
完全に秀一と会う気でいたので髪もメイクも服もそれ仕様だ。ちょっと迷ってから、やっぱりネックレスは外した。代わりに自分で買ったものをつける。
メールで確認しながら待ち合わせ場所につくと、大体のメンツはもう揃っていた。女の子達は友達と顔見知りとまったく知らない子、男の子達は全員知らない顔だった。
──なんだ、秀一のほうがかっこいいな。
なんて失礼なことをついつい思ってしまう。どうせ相手も“あんまり可愛くないな”とか適当な値踏みをしているだろうからおあいこだ。
ちゃんって呼んでいい?」
「いーよ。えーっと、あなたは…」
「オレは山田純一。大体ヤマって呼ばれてるかな」
「じゃあ、ヤマくんで!」
イタリアンは美味しかった。みんないい人だった。ヤマくんもとてもいい奴だった。
お酒も入って、場の空気は際限なく盛り上がる。友達も楽しそうだし、来てよかったと思う。
だらだら喋っているうちに、次の店へと繰り出す雰囲気になる。時計を確認したらほどほどの頃合だ。
「ごめん、私帰るわ」
「えー、帰るの?」
「ごめんねー」
和気藹々とした会だから名残惜しいけど、目的は果たしたんだし。あとはちゃんと彼氏を探す気で来ている人たちにまかせよう。店を出たところでさらりと輪を抜ける。そのまま酔っ払いひしめく駅前の雑踏へと消えようとしたけれど、それはできなかった。
ちゃん!」
「…ヤマくん?」
スーツの波をかき分けて、ヤマくんが顔を出す。
「どうしたの?みんなは?」
「送るよ、1人は危ないし」
「いいよ、明るいし…」
「それにほら」
ヤマくんは少し恥ずかしそうに笑う。同い年と聞いたけど、ちょっとあどけない可愛い笑顔だった。ジャケットから携帯を取り出して顔の横にかかげる。
「連絡先、聞いてないなって思って」
「あ……」
私は数合わせの彼氏持ちであるけれども、彼はごはんを奢ってくれた側の人間だ。正直に言うのはちょっとバツが悪いし、なにより彼は良い人だった。
「ごめん、えっと、私ただの数合わせで」
ヤマくんは私の言葉に、やっぱり少しはにかんだ笑顔をつくる。
「いいよ、それでも。なんか彼氏居そうだったし」
交換ぐらいだったらいいかな。アドレス帳に人の名前がひとつ増えるだけだ。私はカバンを探って携帯を取り出した。交換画面にして、慣れた作業で個人情報を動かす。
「今度ご飯誘っていい?」
「えっと……しばらく課題忙しいから予定わかんないけど……」
「また連絡するよ」
うん、と返事をしながら消した携帯の画面は、奇跡的なタイミングでライトをつけた。電話の着信だ。遅れてバイブレーションが手のひらに伝わる。
「え、あっ」
表示された名前は“南野秀一”だった。なんで?という感想が第一で、続いてちゃんとデート断ったよね?と不安になった。
「? いいよ、出てよ」
「う、うん…」
ヤマくんに見とがめられたので、無視するのも変だ。
ちょっと逡巡してから、ヤマくんに背を向けて画面を操作する。
「も、もしもし?」
『こんばんは』
「────うそ……」
顔を上げた先。酔っぱらいの蠢く波の中で、スーツ姿の秀一は無表情でこちらを見ていた。
『邪魔だったかな?』
「秀一……」
ちゃん?」
私の様子に気づいたヤマくんがこちらをのぞき込む。近付いてくる秀一に気づいた彼は、知り合い?と私に聞いた。
「うん…、彼氏」
「……えっ、超イケメンだね!」
イケメンを見ればテンションがあがるのは男女変わらないらしい。ちょっと高揚した声でヤマくんが言った。
うん、知ってる。イケメンだよね。
「こ、こんばんは。あの俺、なにもしてないですから」
「そうみたいですね、その様子だと」
通話を切りながら近づいてくる秀一くんは、さきほどと打って変わって薄く笑っている。背も高いし顔も整っているし、そうしていると明らかに堅気ではない迫力だ。たまに思うけれど、秀一の存在感は人外じみてる。
「仕事、今終わり?」
「いえ。デパ地下で買い物してました」
掲げた紙袋にはワインが覗いている。以前一緒に飲んだことがある、飲みやすくておいしいやつだ。調子乗って飲んだらかなり酔ったので、その日は彼の家に泊まったし当然ベッドを共にした。翌朝起きたら彼はベッドに朝食を運んできたので、ああイケメンってこういうこともするんだ、と驚いたものだ。
「今から帰りですか?送りますよ」
「えっと……じゃあ、ヤマくん。ごちそうさま!」
「う、うん」
エスニックとイタリアンが秤に乗ればエスニックが高く掲げられるけれども、秀一とヤマくんであれば、当然天秤は秀一を選んだ。


「何食べたんですか?」
「イタリアン…」
駅からだと私と彼の家は逆方向だ。しかし秀一に手を繋がれたまま歩くその道はどちらへも続かなかった。
どこ行くの?と聞きたかったけどなんだか秀一はピリピリしていて、聞くことが出来ないまま隣を歩く。
「秀一は?」
「オレはこれから」
「そう……。なにか作ろうか?」
いつ以来に会ったか、思い起こせば前のデートからそろそろふた月だ。夏に彼の仲間うちでバーベキューをするのに呼ばれたんだった。彼が親しく付き合うのはちょっと年下の元不良みたいな気合い入った子達で、不思議な交友関係だけど何故か納得してしまったものだ。
「今日はこのあたりで幽助が屋台を引いてるはずだから」
「ああ……」
そのメンバーのひとりである幽助さんは屋台のラーメン屋さんだ。それから背の高い男子高校生。女の子は幽助さんの彼女さんと高校生の女友達。フルメンバーだともう少し多いらしい。関係性の読めない人たちだが、みんないい人だった。
「じゃあえっと、私………タクシー拾って帰ろうかな」
「なんでだよっ」
秀一は今日初めて強い口調で言った。彼の手のなかで私の手が強ばる。
けれど彼はすぐに気を取り直して、穏やかに話す。
「……まだいいでしょう……」
「う、うん……」
私たちが黙ってしまえば、黄ばんだ街灯に照らされる夜の道は驚くほど静かだ。私のヒールと彼の革靴がアスファルトを叩く音が響いて、暗い闇へと吸い込まれていく。
私はなんどか彼に話しかけようとしたが、その口から言葉は出ない。拒絶するようにピンと意識を張り詰めた背中に、なんと言っていいかわからなかった。
彼が怒ってくれればいいのに。なんでデートを断って合コンに行ったんだと、彼氏がいるのにアドレス交換なんてするんだと、責めてくれればいいのに。
問題を提起してくれないと、解決することもできない。
彼は私に踏み込まないし、私も彼に踏み込めない。そのままずるずると2年目。いまだに私は彼が私のどこを好きになったのか知らない。
私、なにやってんだろう。
「………っ…」
「…?」
立ち止まった私に、秀一が振り返る気配がした。私は自分の靴のつま先を見ている、それもすぐに歪んで見えなくなった。
みっともなく鼻をすすったところで、彼はやっと自分の彼女が突然泣き出したことに気づいた。
、どうしたんですか…」
「……別れよう」
私の声は閑静な夜の帳のなかで嫌に響いた。
「…どうして」
「もう無理だよ、潮時だと思う……」
ぐすぐす鼻を鳴らす私に、彼はハンカチを差し出す。それは受け取らずに顔を背けた。子供が拗ねたみたいだと、頭の中の冷静な部分が囁く。
「それは……嫌だ」
まだ繋いだままだった手を、彼はもう片方の手で包んだ。手放されたハンカチが地面に落ちる。
「じゃあ……」
ぽろりと頬を涙が伝って、私は空いてる方の手でそれを描き消した。アイラインがよれたかもしれないし、ファンデが落ちたかもしれない。
「なんで怒らないの」
「それは……」
彼のグリーンの瞳が怯むのがわかった。何かを言いよどんで、やっぱり言葉は紡がれない。
「怒ればいいじゃん、デート断って合コン行ってたんだよ?アドレスだって交換したしっ……」
「それは…、キミが追求されたくないと思ったから…」
「されない方が困るじゃん、どんな顔してればいいのっ?秀一のそういうとこ、ほんとにわかんない」
逆ギレだなぁ、という自覚はあったけれど、秀一はその点を責めたりはしなかった。恋人同士のことなんだから、どちらかの過失が10割だなんていうのが有り得ないことは当然なのだ。
私が悪いのと同じように。秀一にも、少しは責任があるはずだった。
「だって私、秀一がなんで告ってきたかわかんないし、なんで付き合ってるのかもわかんないしっ……私のどこが好きかも、知らないしっ……」
告白された時は悪い冗談だと思った、なにかの罰ゲームとすら思わなかった。そう思うには、彼は俗物から遠すぎたのだ。うっかりOKして、それが2年も続いたのが不思議でならない。彼が何を思ってほとんど毎日メールを打っていたのか、その気持ちは全然わからない。
「それに秀一、なにか隠してる……」
秀一が息を呑むのがわかった。
結局はそれに尽きるのだ。高1に出会った時から、もしかしたらその前からも、彼はずっとなにかを隠していきていた。それが怖くてわたしは彼に近づいたりしなかったのだ。それは五年後の今でも変わらない。それどころか、隔世感は増している。
普通の人間とは、とても思えない。
「……
しばらく沈黙して私の嗚咽だけを聞いていた彼は、私の肩を掴んだ。今度はしっかりと。
「告白したのは、キミが好きだったからだ……」
顔を挙げられずに、ぼんやりと彼のネクタイの先を見る。ブルーのネクタイにひっかかるタイピンは、就職祝いに私があげたものだ。
「付き合ってるのは、ずっと好きだから」
「じゃあ、どうして何も言わないの……」
「そ、れは……」
声色が変わるのがわかった。不審に思って顔をあげると、彼はどこかあっけにとられた顔をしていた。雰囲気に不釣り合いだ、空気読めよと思ってしまう。
「キミはオレに、嫉妬して欲しかったのか…?」
「えっ、えっと……」
そう、なのかな……。
「そ……そう…かも……?」
首を傾げる私に、彼は困ったように笑った。
「キミのそういうところが、好きなんだ」
彼はシャツの袖で優しく私の涙を拭った。離れていく白い袖がメイクで少し汚れちゃったな、と見つめていると、彼はそのままそっと顔を近づけた。唇が触れてから、ゆっくりと離れていくのを見届けてからやっとキスされたと気づいた。それくらい唐突な口付けだった。
「な、なんで…?」
「嫌だった?」
「そういうわけじゃ……わかんない…」
「そうか……」
楽しそうに笑った彼がなんだか気に食わない。私にもわかるように話してほしい、全部のことを。
説明して。
「先生にせっつかれて、オレに進学勧めにきたでしょう」
「うん……」
「あの時自分がなんと言ったか覚えてます?」
「えっと……なんだっけ。……“どうせ南野くんとは”…」
「“友達じゃないからどうでもいいけど”って、性格キツすぎますよね」
「そ、そこまできついこと言ったかな……」
しかし、サボってるし夏期講習にも来ないしな成績トップの南野秀一に憤懣やる方ない思いを抱いていたのは確かである。そんな彼が進学しないと選択したって、だからなんだという話だ。彼は知識を欲してはいても学問を収めたいわけじゃないのは明らかだったのだから。
「そんな前置きで進学を勧めてきたんだから、説得力なんて全然なくて。内心大爆笑でしたよ」
「あなたあの時あんな真面目な顔して聞いていたのに……」
大爆笑なんてしないくせに。少なくとも私の前では。
クラスメイトの前でも。
──きっとあの、昔なじみの仲間達の前でくらいしか。
彼は大口あけて笑ったりしないのだ。
「きっかけはそんなものだと思いますよ。こんなに好きになってしまうとは思わなかった。……告白したのは」
そこでやっぱり迷うように言葉を切った。どこまで話していいか考えているふうだった。
「今のオレならなにかあっても、キミを守れる力があると思ったから」
「なにかって、なにから……」
「さあ」
「っ……」
この後に及んで明確にとぼけられて、なんだかむかむかとしてきた。握られたままの手を振りほどく。馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。けれど彼は、背を向けた私の腕をつかんだ。
「は、離してよ」
「いやだ。こんな形で終わらせるつもりは無い」
「でもっ……私なんとなく付き合ったからで、別に秀一のことちゃんと好きじゃない…」
最低だと自分でも思ったけれど、告白を受けた時にあったのはときめきよりも困惑だった。
「でも、オレに嫉妬してほしかったんだろ」
「それは…」
「それで傷ついて思い詰めてこんなに泣いてるし、隠し事にやきもきしてるし」
「な、涙は勝手に出てきたの…」
私は恥ずかしくなって目をこする。腫れるからと彼はそっとその手を止めた。
「メールだって律儀に返してくれるし。愛想がないメールを送ったあとは、必ずフォローのメールが来るし」
「ううん……」
「きっと鏡を見る時にオレのことを思い出してくれたり、メールボックスに専用フォルダを作ってくれたり、オレのことを周りから褒められる度ちょっと得意になってくれてたり、してるんだと思った」
「なっ…なんで知ってるの!?」
「だからそれって、キミもオレのことを好きになってくれたんだと思ってたんだけど」
違うの?
進学をすすめた時のあの放課後とは違う、本当に真剣な顔がわたしを問い詰めた。
私は彼の言葉を反芻して、噛み砕いて、ゆっくりと理解した。

なんだ、私たちただの両思いのカップルなのか。


「だから、オレが付き合うとかそういうの面倒臭い男だとわかっているなら。何故わざわざ告白して二年も付き合っているのか、その意味を考えればちゃんと理解出来たはずなんだ」
「言わなれなきゃそんなのわからないわよ!私長文読解苦手だったもん!知ってるでしょ?」
「知ってるよ、ずっと見てたんだから」
「ずっと見てるほど好きならちゃんと言ってってば!」
「言っただろ、告白したんだからっ」
「あんなんじゃ伝わらないの」
「……あの、おふたりさん。痴話喧嘩なら他所でやってくれよ……」
「「幽助(さん)は黙ってて!」」
警察くるからまじで勘弁して、と店主が言うと一応分別はある恋人達は大人しく声を抑えた。抑えるだけで、痴話喧嘩は続いたけれど。
馴染みの仲間と1度だけ会ったことあるそいつの彼女が泣き顔でやってきた時、幽助は度肝を抜かれたが、よくよく話を聞いていればただいちゃついているだけだったのだから始末に負えない。蔵馬が大人気なく怒っているのを幽助は新鮮な気持ちで見た。そうしていると本当にただの成人したての男に見えた。
「そもそも普通、2ヶ月会ってない彼氏からの誘いを断るか?」
「だって先約だったんだもん。むしろ2ヶ月会ってないからこそだよ」
「あ、そう言えば。あいつのアドレスちゃんと消すんだろうな。もう必要ないだろ」
「いやですー。ヤマくん優しいし」
「下心なく優しい男がいるわけないだろ」
「じゃあ秀一が誰にでも優しいのはそういうことなんだ?だから信じられないのよ」
「おい、蔵馬おめー全然信用されてねーんだな」
「そもそもその蔵馬ってなによ」
「幽助どっちの味方だよ」
「どっちの味方でもねーよ、さっさと食って帰ってしっぽりしてろよ……」
それでも心優しい店主は二人を追い出したりはしなかった。1000歳超えてる男がたった2年の恋愛に振りまわされてはいけないなんて法律、魔界にだって存在しないのだ。せいぜいあの冷血狐の化けの皮をひっぺがしてめちゃくちゃに乱しておいてくれ、と幽助はひっそりと彼女を応援した。






(リクエスト/蔵馬くんで、嫉妬する蔵馬くんが見たいです。)
かなり好き勝手に書かせていただきました。
・立場が違いすぎるが故のすれ違い
・でも同級生特有の対等感
・大切にする方法がわかってない蔵馬
的なイメ―ジで。 リクエストありがとうございました!