となりのヒーロー

(探偵/降谷?/一般人ヒロイン)




私には自慢の親戚がいます。名前は工藤新一くん!お父さんは作家の工藤優作さん、お母さんは元女優の有希子さん。新一くん──新ちゃんもお母さん似でとっても可愛くて、お父さんみたいに頭が良くて、高校生探偵とかやっちゃったりして、とってもとっても可愛い自慢の親戚です。
……いまは色んな事情があって、江戸川コナンくんとして暮らしていますが…。
でもそれはそれで、ある意味では私にとって好都合。
仮面ヤイバーショーを私ひとりで見るのは寂しいですからね。

「じゃー、元太達誘えよ!」
「ううーん、だってー」
私だって遊園地とかなら誘うんですよ、人数多い方が楽しいですし。でも今回は別。趣味のことは譲れません。
「いいじゃない。お姉ちゃんとデートしましょうよー」
「普通に彼氏作れよ……」
「うわっ、お姉ちゃんいま普通に傷ついた……」
最近コナンくん冷たい。昔は……新ちゃんが本当に7歳だった頃はもっと可愛い……いや、あんまり変わらなかったかな、新ちゃんは昔からこまっしゃくれてて可愛いんだった。
「ついでにコナンくんが観たかった映画にも行くんだから、いいじゃないですか」
最近公開されたPG-12のノワールサスペンス、バイオレンスとエロスに定評がある監督の作品です。蘭ちゃんに「見にいきたい」と言えば渋られること間違い無し、教育上よろしくないタイプの映画です。蘭ちゃんを誤魔化して行こうとすることはできますが、それにはやっぱり罪悪感がある様子。その点私を使えば、もしバレても「おねーちゃんに誘われた」って言えばいいんです。最悪、私が怒られるだけで済みますからね。 コナンくんたら悪い子。
映画は私のおごりでチケット購入済み。13時からヒーローショーで、映画は15時過ぎからです。いまはお昼前。
「ちょっとはやいけど、ご飯にしようか。何食べたい?」
「そうだな…」
2人で大きなフロアマップを見ます。飲食フロアは4階、隅にフロアの5分の1ほどの大きさの書店があって、それ以外が全部ご飯屋さん。
「ついでに本屋さん見ようか。なにか買ったげるよ」


「あれ、さんとコナンくん」
「安室さん」
本屋では、見知った顔に会いました。
安室透さん。
安室さんは本当は安室さんではないといいます。
ちょっとした事情で知ったのですが彼は公安警察とかいう立派な公務員です。公安警察が普通の警察とどう違うのかはちょっとよく知らないですけれど、優作さんの著書を読む限りコッカのアンネイとかに関わる人たちだそうです。
エリートです。知識層です。おえらいさんです。
私の周りにはとにかく、素敵だけれど高嶺の花すぎる人ばかりですね。どこかにちょうどいい、私に相応の普通な人はいないでしょうか。そんな思考自体がもう分不相応なのでしょうか。かなしいですね。多くは望まない、趣味を理解しろとも言わない。私もあなたの趣味に干渉しないから、私の趣味も黙認してね、なんていう一線引いたお付き合いを出来る方がいいんですが。
話がそれました。安室さん……もとい、降谷零さんのことですね。
29歳といいますが、それが実年齢かも知らないです。コナンくんの追っている組織に潜入している捜査官。それが降谷さん。
しかし今日は、組織だとかそういう雰囲気はなさそうですね。普通に手に文庫本持ってますし。普通に休日で普通に買い物ですか。
「ナイトバロンシリーズの新刊が発売なので」
「そっかー、今日発売だったんだぁ……」
コナンくんの冷たい一言。お父さんの作品なのに。まあ、工藤家にはアメリカ発売時に英語版が送られてきてますし、チェックが甘くなるのも仕方ないですかね。この子探偵左文字シリーズの新刊とかは絶対覚えてるのに。
「おふたりは買い物ですか?」
「コナンくんと映画鑑賞に!」「ねーちゃんがヤイバーショーが観たいんだって」
二人同時の発言でしたが、安室聖徳太子はコナンくんの方に興味を引かれたようです。
「ヤイバーショー?」
ねーちゃん、仮面ヤイバーがすっごく好きなんだよ!」
「こ、コナンくんっ!」
恥ずかしい。いい歳して仮面ヤイバーにどハマりしている女だと思われる。私だって子供っぽい趣味だとはわかっているんですが、好きなものは好きなんだからしょうがないです。
「へえ、そうなんですね。映画というのは?」
しかし安室さんは大人なので、私の恥をスルーしました。完璧に人懐こい笑顔で笑ってくれます。いい人ですね。
「“沈黙の肌”…を……コナンくんが観たいと言うので!」
タイトルだけだと説明不足であることに気づき、慌てて言葉を足します。危ない危ない、特撮にどハマりしているうえ子供にキッツイ映画を観せる女だと思われてしまうところでした。
「へえ、コナンくん随分渋い趣味だね」
「う、うん!新一にーちゃんが面白かったっていうから!」
私の趣味をバラしたコナンくんは、今度は安室さんに少し探りを入れられて冷や汗を書いています。因果応報というやつですね。
「そういえば、僕もさっきチラシもらいましたよ」
そう言って安室さんは尻ポケットから几帳面に折りたたまれたチラシを取り出しました。金土日3日間、このショッピングモールが催している“すこやか感謝祭”とやらのチラシです。そういえば、ヤイバーショーもこのイベントの一環だったはずですね。日付と時間以外チェックしてなかったですが。
チラシにはセールのお知らせや献血ルームについての告知、消防車がやってくる!という楽しげなイベントについて。それらの情報とともに、ヤイバーショーについての記載もありました。
「これです!」
「へえ…」
ヤイバーはチラシに印刷されても素敵ですね。私はチラシに釘付けですが、頭上で安室さんが少し笑った気配がしました。呆れられてしまったかな…。
「ねえ、よかったら安室さんも来ない?」
「こ、コナンくんっ!」
慌ててチラシから視線をずらして、こちらを見上げてくるコナンくんを見る。お忙しい安室さんになんてこと言うんだ。
「ええ、よかったらご一緒させてください」
「えっ!?」
驚いて今度は安室さんを見上げると、彼はにこりと笑いました。それからテンパっている私にもう1度、念を押すように言います。
「僕もご一緒していいですか?」


ヤイバーショーはそれはそれは素晴らしいものでした。アクターさんの精度も高く、子供たちも楽しそう。シナリオは実はもう2度観たものでしたが、やはりその時々で味わいが違うものです。
「かっこよかった……」
今すぐ叫びだしたいくらいサイコーでしたが、そこは大人の分別としてしみじみつぶやくだけで抑えます。傍には安室さんが居ますし、そうでなくてもはしゃいでちゃみっともないですからね。
「ボクちょっとトイレ行ってくるね!」
「うん、ここら辺で待ってる」
コナンくんがトイレに行くというので、私と安室さんは隅のベンチに座りました。まだショーの興奮冷めやらぬ私がぼんやりしていると、安室さんが缶コーヒーを差し出してくれます。
「えっ?」
「カフェオレ、お好きでしたよね」
「は、はい……ありがとうございます…」
カフェオレは好きです。ポアロに行った時も、大抵はカフェオレを頼みますし。まだ残暑が厳しいうえショーのせいでどこか熱っぽいので、アイスの缶コーヒーの冷たさが手のひらに心地いいです。安室さんはブラックの缶を持って隣に腰を落ち着け直しました。
「あ、あの、お金」
「これくらいいいですよ。僕もいい物がみれました」
「! ですよね、ヤイバーかっこよかったですよね!」
キャラクターショーというのは子供はもちろん、連れてくる親も視野に入れているので、結構大人でも鑑賞に耐えうるのです。女児向け男児向け含めて最終的にお金を出すのはお母さんお父さん世代ですから。
缶コーヒーを握りしめたまま熱い同意を安室さんに向けると、安室さんは目を瞬かせて、一拍遅れて口を開きました。
「そうですね、ヤイバーショーもよかったです」
「も?」
「僕が一番楽しかったのは、さんの興奮具合ですから」
「……す、すみません」
なるべく落ち着いて鑑賞していたつもりなんですがね、興奮を隠しきれていなかったようです。
「謝ることじゃないですよ。確かに、大人も楽しめる作りでしたね」
「はい……」
さんがハマる理由もわかりますよ。ヒーローもの、お好きなんですか?」
「いえ、ヤイバーだけです」
ヤイバーは私のヒーローでした。小さい頃から、ずっと大好き。風にたなびく真紅のマフラーは、私にとって正義の象徴でした。
「ヤイバーが特別なんですね」
「はい!」
安室さんは目を細めて笑いました。かっこいい人です。熱に浮かされている私の唇は、熱いヤイバー語りの代わりに余計なことまでしゃべります。
「安室さんみたいな素敵な人と見れたから、もっと特別になりました!」
妙なことを口走ってしまったことは、彼がきょとんと瞳を揺らしてから気づきました。私は頬が熱くなるのを自覚して、慌てて弁解しました。
「あっ、いえ、なんでもっ…」
恥ずかしい……。今日はもう、恥の塊みたいになってます。
「僕も」
安室さんはそこで言葉を切りました。耐えきれないように笑って、「さん顔真っ赤です」と言います。指摘されると恥ずかしくて、更に顔に熱が集まるのがわかりました。
「僕もさんと見れてよかったです」
綺麗な笑顔の余韻だけ残して、安室さんは立ち上がりました。
「コナンくんの様子を見てきますね」
「は、はい……」
去っていく爽やかな背中を見送って、私はベンチの背もたれにずるりと体重を預けました。まだ冷たい缶コーヒーを頬に当てて熱を逃がします。それからおでこにも。そうしないと思考回路が熱暴走しそうだったのです。
「ど、どういう意味なんだ…?」
首をひねっても、ばばんと答えてくれる名探偵はここにはいないのでした。






(リクエスト/探偵で降谷さんとの仲をコナン君に全力でプッシュされるお話)
降谷さんというか安室さん…?あとあんまり全力でプッシュされてないですねすみません…。
リクエストありがとうございました!